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2023.1.5
▼庄内藩の城下町鶴岡
・最上川舟運と米どころ庄内平野
・西廻り航路の起点酒田(別ページ)
2022.7.2-3 walk
・2023.1 page制作
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▼庄内藩の城下町鶴岡
・最上川舟運と米どころ庄内平野
・西廻り航路の起点酒田(別ページ)
2022.7.2-3 walk
・2023.1 page制作
【 最上川と庄内平野 】
▼最上川
・羽越線酒田〜鶴岡間。
・最上川を渡る。
・水量が多い。
▼庄内平野:酒田〜鶴岡間
・庄内平野の景観。
・広大な水田。
・日本有数の稲作地帯
▼庄内平野:酒田〜鶴岡間
・庄内平野の景観。
・手前は畑、奥は水田。
・その先は屋敷林。
【 鶴岡:致道博物館 】
▼鶴岡駅
・これは江戸後期の灯台。
・モダンな駅だ。左側は洋館の窓みたいだ。
▼致道博物館
・鶴岡城(鶴岡公園)の近く。
・酒田家庭園を含む博物館。
・致道は藩校「致道館」に由来する。
・左は旧鶴岡警察署庁舎。
・右は赤門。
▼致道博物館
・山形県令三島通庸の命で建設。
・三島は初代の山形県令。
・薩摩藩出身のやり手の地方官。
・後に福島県令となり、
・福島事件のきっかけをつくる。
▼旧西田川郡役所
・明治期の洋館
・これも三島通庸の命で建設。
・鶴岡のあたりは山形県西田川郡。
・バルコニーと時計台は明治期洋館に多い。
・青空に映える。
▼渋谷家住宅
・田麦俣(旧朝日村)より移築保存。
・朝日連峰の山麓にあった豪農の家。
・とても大きな木造建築。
・各所に豪雪への対応が見られる。
・養蚕を行うための施設でもある。
・カブト造という名称はぴったしだ。
▼酒井家庭園
・庄内藩は江戸時代を通して酒井家。
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・藩祖の酒井忠次は三河以来の重臣。
・家康の今川人質時代から仕え、
・戦国の世を家康と駆けめぐった。
・井伊、本多、榊原と並ぶ徳川四天王。
・最有力の譜代大名。
・酒井忠勝の代に庄内藩の初代藩主。
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・酒井氏で著名なのは酒井忠清。
・これは庄内藩とは別系統。
・4代将軍家綱の後期。
・大老として権勢をふるう。
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・あとは江戸後期、「三方領知替え」
▼庄内藩主御隠殿
・江戸の庄内藩中屋敷を移築。
・裏(庭園側)から撮影。
・書院造の大広間。
・大名屋敷にふさわしい。
▼弁財船
・べざいせん。1/6 の模型。
・西廻り航路で活躍。千石船ともいう。
▼弁財船
・べざいせん。1/6 の模型。
・西廻り航路で活躍。千石船ともいう。
▼船箪笥
・重要なものを入れる。
・堅牢かつ精巧に造られている。
・通行証や契約関係の文書も入れる。
▼麦きり
・山形名物「麦切り」。
・致道博物館の近くで。
・「麦切り」は麦の蕎麦。
・おいしかったです。
【 鶴ヶ岡城 】
▼鶴ヶ岡城
・庄内藩主の居城。現在は鶴岡公園。
・大名は最後まで酒田氏。
・戊辰戦争を戦った。
▼鶴ヶ岡城
・庄内藩主の居城。現在は鶴岡公園。
・本丸近くかな。
▼鶴ヶ岡城
・庄内藩主の居城。現在は鶴岡公園。
・ここは内堀。
▼荘内神社
・鶴ヶ岡城の中にある。
・庄内米を保管し、取引した大規模倉庫。
・新井田川に面して建てられた。
▼荘内神社
・七夕飾りのようだ。
・まあ、七夕の直前ではある。
▼護国神社
・荘内神社の少し奥に護国神社。
・日清・日露戦争の戦没者を祀る
▼石原莞爾
・石原莞爾は鶴岡の人。
・特異な陸軍軍人。
・関東軍参謀として、満州事変を主導。
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・鶴岡で育ち、仙台の陸軍幼年学校へ。
・東京の陸軍士官学校を出て任官。
・陸軍大学校で参謀の道を歩む。
・第一次世界大戦後のヨーロッパ視察。
・大戦が総力戦であったことを実感する。
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・陸軍きっての秀才だが、型にはまらない。
・一方で熱烈な日蓮宗信者。
・1928年、関東軍参謀として満州に赴任、
・北伐後の「満蒙問題」の解決をめざす。
・1931年9月、柳条湖事件をおこし
32年3月までに関東軍は満州全域を占領。
・これが満州事変である。 以下しばし略
▼大寶館
・鶴ヶ岡城内の洋館。
・致道博物館の運営 大寶館HP
・鶴岡ゆかりの人の展示
・右奥に藤沢周平記念館 HP
▼鶴ヶ岡城内の郵便ポスト
・午後の日差しを受けて。
・あまりに古典的な赤いポスト。