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2023.1.14
▼東国の古墳01
上野:保渡田古墳群
高崎市郊外 榛名山麓
・2021.9 walk up
・2023.3 追加
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▼東国の古墳01
上野:保渡田古墳群
高崎市郊外 榛名山麓
・2021.9 walk up
・2023.3 追加
【 map 】
▼保土田古墳群 2011
・東国(現在の群馬県)の保渡田古墳群と三ツ寺1遺跡の場所
・二子山古墳と八幡塚古墳を訪れた。
【 二子山古墳 】
▼かみつけの里博物館
・時間がなくて見学できませんでした。
・古墳は自由に歩くことができます。
《 古墳文化の時期 》
・出現期〜前期 3C〜4C
・前方後円墳 箸墓
・銅鏡などの副葬品
・呪術的、司祭者的性格
・中期 5C 倭の五王
・大型化した前方後円墳 仁徳陵
・武具、馬具などの副葬品
・武人的、政治的首長
・後期 6〜7C
・近畿では大王陵のみ
・各地の群集墳
▼二子山古墳の説明
・5C後半の前方後円墳。
・保土田古墳群では最大かつ最も古い。
・長さ108m 、二重の周濠をもつ。
・周濠には、珍しい4つの中島がある。
▼横から見た全景
・右が前方 こちらから登る。
・左が後方 頂上に竪穴式石室。
▼前方部から見た後円部
・ここで葬送の儀礼を行ったのだろう。
▼前方部から見た後円部
・少し接近する。そして後円部に登る。
▼後円部
・竪穴式石室に葬る。
・遺体は石棺に入れる。
・これは舟形石棺との説明あり。
▼前方部を望む
・高いところ(後円部)から振り返る。
・正面に妙義山が見える。
▼中島
・後円部から周濠にある台地を見る。
・集合に浮かぶ島(中島)らしい。
・どうやら4つあるようだ。
・こういうものを見たのは初めて。
▼中島の説明板
・周濠を掘る段階で陸地を残した。
・祭祀の場か陪塚かは確定できない。
【 八幡塚古墳 】
▼八幡塚古墳
・5C後半の前方後円墳。はちまんづか。
・二子山古墳に続く築造と推定される。
・長さ96m 、やはり二重の周濠をもつ。
・同じように周濠には4つの中島がある。
▼八幡塚古墳
・外側の真横から後円部を見る。
・埴輪はこのように置かれるようだ。
・築造当時のようすを推定して復元。
▼八幡塚古墳
・後円部では竪穴式石室にもぐれる、
・円筒埴輪はこのように置かれたらしい。
▼別の石棺
・被葬者は複数らしい。
・別な箇所に埋めたということか。
▼葬送儀礼の場
・前方部から後円部を見る。
・地面を固めて、円筒埴輪を配置。
・古墳の理解には、とてもためになる。
・葬送儀礼を行い、後円部に埋葬する。
▼形象埴輪
・人物、馬、鶏など。
・これは復元品。
・なかなか楽しい。
▼後円部へのようす
・儀礼のクライマックスは ・・・ 。
・棺を持って前方部に登る ・・・ 。
・もちろん妄想だがその舞台だ。
【 豪族の居館:三ツ寺1遺跡 】
▼三ツ寺1遺跡:豪族の居館
・保渡田古墳群に近い場所。
・上越新幹線のほぼ真下。
・5C後半の豪族の居館跡。
・これは有名な遺跡です。
▼三ツ寺1遺跡:説明板
・遺跡とは言っても説明板があるのみ。
・それも剥落しかけている。
《 豪族の居館 》
・古墳時代の後期。
・この地域の有力者(豪族)。
・防衛のために居館を囲う。
・祭祀の場は特別な空間だ。
・それはハレの場であろう。
・日常の場(ケ)には倉庫等を配置。
《 環濠集落との比較 》
・弥生時代後期の環濠集落。
・吉野ヶ里遺跡などの大規模環濠。
・対立抗争のため、みな環濠内に。
・有力者による統治が強くなり、
・支配者と被支配農民の住居が分離。
・広い地域を支配する権力ができる。
・強大な権力者は大きな古墳を築造。
《 東国の豪族 》
・上毛野の豪族は、
・三ツ寺1遺跡の居館を拠点に、
・この地域を支配し、
・保渡田古墳群の墳墓に葬られた。
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・支配が強まることは、
・農民にとって困ったことではあるが、
・社会の統合が強まっていくことだ。
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・したがって次の段階では、
・古墳のようなものは築造しなくなる。
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