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2024.4.22
▼甲斐大泉から甲斐駒ヶ岳
2024.4.19 walk
・最初のアップ 24.4.21
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▼甲斐大泉から甲斐駒ヶ岳
2024.4.19 walk
・最初のアップ 24.4.21
【 甲斐大泉の山岳展望 map 】
▼甲斐大泉の山岳展望 map
・山梨県北杜市甲斐大泉駅
・小淵沢と清里の間の無人駅。
・甲斐大泉駅の標高 1158m
・見えた山
・南アルプス
・甲斐駒ヶ岳 2967m
・北岳 3193m
・鳳凰三山 2840m
・八ヶ岳
・赤岳 2899m
・阿弥陀岳 2805m
・権現岳 2715m
・奥秩父
・金峰山 2595m
01 展望map 02 甲斐大泉駅
03 山岳展望 04 花 05 散策
【 小海線:甲斐大泉駅 】
▼小海線
・土手のようになっているのは線路。
・大きなカーブを描く。
・後ろの山は甲斐駒ヶ岳。
▼甲斐駒ヶ岳
・小海線車中から。
・ここだと摩利支天ははっきりしない。
▼甲斐大泉駅
・のどかな無人駅。
・小諸行きのディーゼルカー。
▼各駅の標高
・最も高いのは清里〜野辺山間。
・標高1375m。
・駅としては写真にあるように
1 野辺山駅 1345.7m
2 清里駅 1274.7m
3 甲斐大泉駅 1158.2m
4 信濃川上駅 1135.3m
・驚くべきは小淵沢から最高地点まで
約500mも登ることだ。
・駅の待合室にあった掲示。
▼小海線
・甲斐大泉駅を出発した列車。
・白黒にしてみました。
▼スミレ
・道端に咲く可憐なスミレ。
・スミレは種類が多く奥が深い。
01 展望map 02 甲斐大泉駅
03 山岳展望 04 花 05 散策
【 山岳展望 】
写真は、みな甲斐大泉駅の近くから。
(30分以内のエリアを歩く)
▼北岳
・北岳(を含む白峰三山)は甲府あたりから見ると平板で、好みではない。
・小淵沢とか甲斐駒ヶ岳の方(つまり北の方)から見ると、山容に角度がついてとてもよい。
・手前は早川尾根。
▼甲斐駒ヶ岳から北岳
・駒ヶ岳摩利支天の落ち方がよい。
・早川尾根の突起はアサヨ峰。
▼カラマツ
・カラマツの高い部分を撮影。
・この日も風が強かった。
▼甲斐駒ヶ岳
・これほどゴツいと迫力がある。
・場所によっては三角形にもなる。
・そういう山は甲斐駒ヶ岳と剣岳。
▼甲斐駒ヶ岳
・白黒にしてみたが暗すぎた。
・剣岳ほど複合的ではないが、
・とても力強い。
▼カラマツの空
・林が風で揺れている。
・みなカラマツだと思う。
▼八ヶ岳:赤岳と阿弥陀岳
・カラマツの向こうに見える。
・標高は高いが、さほど遠くない。
・赤岳から権現岳の稜線越しに、
・西側にある阿弥陀岳が見える。
▼甲斐駒ヶ岳と北岳
・これがいちばんよく撮れている。
・それがiPhone とはなさけない。
・被写界深度が深いからか。
・冒頭に掲げた写真の再掲。
01 展望map 02 甲斐大泉駅
03 山岳展望 04 花 05 散策
【 さまざまな花 】
▼レンギョウ
・わりとよく見かける。
・自分では特定できないのだが。
・黄色が鮮やか。
▼オオイヌノフグリ
・どこにでもあり、かわいい。
・あんまりな名前で損をしている。
▼カラマツ
・この日のヒットはカラマツ。
・風でそうとうに揺れています。
・等伯「松林図屏風」を連想した。
▼コブシ
・ハクモクレンと区別しにくい。
・大きさと形から、コブシだと思うが。
▼ツツジ
・強烈な色だ。隣はサクラ。
・何ツツジかはわからない。
▼カラマツの新緑
・落葉するせいか、新緑を楽しめる松。
・葉が出切らない時期はいいです。
・ちなみに落葉松でカラマツと読む。
▼ツルニチニチソウ
・ジャン=ジャック・ルソー
「あっ、ツルニチニチソウだ」
(『告白』第6巻 )
・こんなところで出会うとは。
・いつも見るのと葉が少し違う。
01 展望map 02 甲斐大泉駅
03 山岳展望 04 花 05 散策
【 周辺の散策 】
▼手打ちそば
・森の中に一軒の蕎麦屋。
・温かい蕎麦をいただきました。
・入口に「春夏冬中」とあり。
・ふりがなは「あきない」とのこと。
▼キノコ
・松の枝にかような物体。
・毒キノコであろうか。
・ツルッとした感じがあやしい。
▼金峰山
・駅の陸橋から東を望む。
・奥秩父の金峰山 2595m。
・拡大すると頂上に五丈石が見える。
・中学生の時に登った。
▼開拓乃碑
・それほど古くない碑文。
・遠くに赤岳と権現岳が見える。
・この辺りの斜面はみな開拓地。
▼開拓乃碑(裏面)
・さぞかし大変だったろう。
・原文の通りに書き写してみる。
開拓のあゆみ
第二次世界大戦後、日本青年協会募集の東京都の戦災者並びに復員者の及び引揚者の集団開拓により大開地区は誕生する。この開拓事業は国の緊急開拓事業に引き継がれた。
厳しい自然条件ときわめて不備な農業機具による営農は困難を極めたが、血のにじむ努力により、酪農、高原野菜等の営農の確立を見て生活基盤が築かれた。
その後入植者の老齢化と後継者不足に加えて社会状勢、環境の変化に伴い民宿等の観光事業にも経営を進めて現在に至る。
昭20.11.12 入植
昭22.05 電気導入
昭23.04 大開開拓農業協同組合
昭27.10 水道完成
昭33.04 井出原開拓農業協同組合に統合
昭44.03 大開土地組合を結成する
入植者名簿 29名
これは日本の戦後史そのものである。
八ヶ岳山麓の火山灰地は痩せている。
傾斜がきつい上に、強風にさらされる。
冷涼な気候もあり、水田は作れない。
だから酪農と高原野菜となる。
そこに東京の戦災者、引揚者、復員者。
どれだけの困難があったろう。
しかし真の困難はその後の推移だろう。
開拓の困難を経て確立した生活基盤。
老齢化、社会情勢の変化で観光事業に。
観光事業の現状をみるに、何を語れよう。
先人の業績に思いを馳せるべきである。
▼甲斐大泉駅
・質実な駅舎。
・無人駅なのに行き届いている。
・すてきな白樺の木が数本。
▼小海線
・2両の気動車がやってきた。
・1時間に1本だ。
・小淵沢に向かう。
▼権現岳
・小淵沢駅の乗り換え階段から。
・中央は権現岳。
・左が編笠山。右が三ツ頭。
・観音平から青年小屋に幕営し、
翌朝、権現岳をめざす。
・何度引率したことか。