contents
【 大牟田まで 】
▼01 筑後川
・筑紫平野を流れる大河。
・日本有数の暴れ川だそうだ。
・筑紫次郎とも称され、有明海に注ぐ。
・板東太郎:利根川、四国三郎:吉野川
・写真はJR鹿児島本線鉄橋
西鉄線から撮影。
・国土交通省筑後川河川事務所HP
・同「筑後川の歴史散歩」
▼02 筑紫平野
・広大な麦畑。西鉄線から撮影。
・筑後川流域、中心は久留米市。
▼03 おおむた観光案内所
・意図せずに大牟田に来ました。
・駅東口のインフォメーション。
・なかなか楽しい観光案内所。
・大牟田市は福岡県の最南部。
▼04 明治日本の産業革命遺産
・三井三池炭鉱と三池港。
・産業遺産の景観を見たいと思います。
・これは観光案内所内のポスター。
▼05 三池港の航空写真
・三池港は有明海に面しています。
・ハミングバードは港の形。
・海に飛び出した設計になる故。
▼06 ジャー坊
・大牟田市の公式キャラクター。
・ジャー坊のページ大牟田市HP
・ツルハシとヘルメットですね。
・なお、かような協会があるようです。
・日本ご当地キャラクター協会HP
▼07 大牟田市役所
・タクシー車内から撮影。
・とても古風なたたずまい。
・大牟田市のランドマーク。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口
【 三池港 】
▼08 三池港展望所
・展望所といってもわずかの丘。
・はたして見えるのだろうか。
▼09 三池港
・手前は船の停泊する船渠地区。
・その先に閘門。
・さらに内港地区が見える。
・閘門により、干潮時に船舶は船渠地区に待避することが可能になった。
▼10 三池港の理解
・なるほど一目瞭然だ。
・ここまで手がこんでいる理由、
・干満の差が大きい有明海だから。
・説明板では潮位差は5.5mもある。
▼11 団琢磨
・留学帰りの工部省技師、団琢磨。
・三池炭鉱は三井に払下げ。
・団は三井に入り、炭鉱と港に尽力する。
・血盟団事件の被暗殺者で知られるが。
・益田孝に続く戦前の三井財閥リーダー。
三井合名理事長(三井財閥の持株会社)
・福岡藩士の家に生まれ
・岩倉使節団に随行してアメリカへ。
・ボストンのMITで鉱山学を学ぶ。
・帰国後、しばらくして官営三池炭鉱へ。
・1889年、官営三池炭鉱は三井へ払下げ。
・このとき団琢磨も三井へ入る。
・三井のリーダー益田孝は次のように語る。
三池炭鉱の払下価格は団琢磨込みだ。
産業と人材を得たということか。
・団は三池炭鉱の近代化を進めるとともに、
石炭積み出しに三池港の拡張を図った。
・有明海は干満の差が大きく、遠浅のため、
三池港には大型船は入港できず、従来は
小型船で口之津港〜三角西港へと運搬。
・海外の先進港を視察した団の主導により、
近代工法で閘門を設け、新港を建設した。
▼団琢磨の文:三井港倶楽部の石碑

石炭山の永久などということはありはせぬ
無くなると今この人たちが街となっている
のが、また野になってしまう築港をやれば、
そこにまた産業を興すことができる。築港
をしておけば、いくらか百年の基礎になる
▼12 雲仙岳遠望
・工場の向こうに高い山。
・これは驚いた。まさか雲仙。
・有明海の向こうは島原半島。
・海から立ち上がる雲仙岳。
・右の突起は雲仙・普賢岳。
・1991年火砕流は大被害を。
・海面からだから標高差がある。
▼13 三池港
・これは別の掲示板。
・船渠と閘門の関係がわかる。
▼14 多良岳
・長崎佐賀県境の多良岳。
・標高は996mだが存在感がある。
・雲仙よりも右側に見える。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口
【 三井三池炭鉱 】
・三井三池炭鉱の歴史
江戸中期 柳川藩が開坑
幕末に 三池藩が開坑
明治初期 官営三池炭鉱(工部省)
1889 官営三池炭鉱払下(三井)
1892 三井鉱山の設立
1898 宮原坑が開坑
1908 三池港が開港
1940 三川坑が開坑
1945 敗戦
1947 傾斜生産方式(石炭など)
1960 三井三池争議
1963 三川坑炭塵爆発事故
1984 有明坑火災
1997 閉山
▼15 三井三池炭鉱
・日本最大の出炭量を誇る炭鉱。
・歴史的意義のある三井の鉱山。
・専用鉄道図で、各坑の位置がわかる。
★各時期の主力坑
・初期:宮浦坑、大浦坑
・戦前:宮原坑、万田坑、四山坑
・戦後:三川坑
・最終:有明坑
▼16 炭鉱の機関車
・炭鉱専用鉄道の電気機関車。
・小型でとても形がいい。
・三川坑跡に展示。

▼17 炭鉱の機関車
・炭鉱専用鉄道の電気機関車。
・これは大きめ。塗装もきれい。
・三川坑跡に展示。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口
【 三井三池炭鉱:三川坑 】
▼18 三川坑の跡地
・世界遺産としての産業遺産は宮原坑。
・今回は三池港近くの三川坑跡を見学。
・かなり自由に見学できた。

▼19 三井石炭鉱業
・会社のプレート。
・三井石炭鉱業株式会社。
・三池鉱業所となっている。
▼20 三川坑
・三川坑の繁栄と衰退は、石炭産業の動向と軌を一にしている。
・1940年に最新鋭の坑として開かれ、戦後復興期には、三池の主力坑として復興を担った。
・1960年の三井三池争議(戦後最大の争議)の舞台でもある。
・1963年の三川坑炭塵爆発事故は(戦後最大の炭鉱事故)多くの犠牲者を出した。死者458名、負傷者839名とされる。
・
▼21 三川坑の入坑口
・ここから入る。
・掲示の新しさに違和感がある。
・文言は同一であろう。
▼22 斜坑へ
・階段を降りる。左に人形。
・その先、左に狭いトンネルあり。
▼23 斜坑
・トンネルを抜けるとここへ。
・車輌(人車)に乗って入坑。
・錆びついた車輌を残す。
▼24 斜坑
・現在はコンクリートで閉鎖。
・線路も撤去されている。
・ここは戦後復興期の入口だ。
▼25 第二斜坑
・第一斜坑は揚炭。
・第二斜坑は人員の入昇坑、排水など。
・海面下約350mに降り、採炭場に向かう
▼26 人車
・線路と車輪は撤去してある。
・3名がけで5列だと15名(1両)か。
▼27 人車搭乗者注意事項
・人車の危険度が高いことがわかる。
・絶対に守らねばならない規則だ。
▼28 斜坑への入口
・斜坑へ続く線路跡。
・多くの石炭が運ばれたのだろう。
・つわものどもが夢のあとか。
▼29 線路
・石炭を運んだ鉄道線路跡。
・広々としている。
・右の建物は繰込場。
(今回は立ち寄れなかった)
・巻揚機が斜坑から人車を引く。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口
▼30 線路の終わり
・終端部の景観。
▼31 人車点検場
・朽ちた貨車が残っていた。
・「人車点検場」とある。
▼32 繰込場
・入坑前の作業確認場。
・ネットをかけているが大丈夫か。
・ありし日を活況を思う。
▼33 繰込場
・その説明板。
・2階は講堂だったんだ。
▼各坑の位置(再掲)
・専用鉄道図で、各坑の位置がわかる。
★各時期の主力坑
・初期:宮浦坑、大浦坑
・戦前:宮原坑
・戦後:三川坑
▼34 山の神神社
・三川坑敷地内の神社。
・大山祇神社。
・炭坑にもあったのか
▼35 炭塵爆発事故慰霊碑
・1963年11月の事故の慰霊碑。
・第一斜坑における炭塵爆発。
・死者458名、負傷者800人超。
・戦後最悪の炭鉱事故。
・三池争議の終結から3年後。
・ニュース映画で何度も見た。
・とても悲しいシーンでした。
▼36 屋外にあった人車
・坑内の車と異なり線路が残る。
・台車には車輪も残っている。
・寂寥というべきか。
▼37 昭和天皇
・1949年の巡幸。
・時代を感じさせる。
・戦後すぐの復興期。
・天皇は重点産業の炭坑を訪れる。
・これもまた占領期の光景か。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口
【 三井港倶楽部 】
▼38 三井港倶楽部
・三池港と三井三池炭鉱の迎賓館。
・1908開業 三池港開港の年。
・現在はウェディングとレストラン。
・三井港倶楽部HP 施設について
▼39 ピラカンサス
・はたして当たっているか。
・かなり目立つ赤だった。
▼40 洋館の側面
・洋館に入る前に周囲を歩く。
・すっきりした側壁。
▼41 大浦坑の記念碑
・大浦坑遺址
大正十五年二月 団琢磨題
・大浦坑は初期の主力坑。
・場所は宮原坑の東にある。
・そこの倉庫の煉瓦で記念碑建立。
・手前に団琢磨の像があった。
▼42 大浦坑碑文
・団琢磨の文になる。
・読みやすく転記する。
・数字は横書きに直す。
・此坑明治6年三池炭山
官営当初開坑に係り
22年三井家これを継承
始め専ら人力に依りしが
9年坑底に炉を設けて通風を行う
11年汽力曳揚機を備へ
20年蒸汽喞筒を以て人力水車馬力喞筒に代へ
33年七浦に通ずる疏水道を開き
34年電力の応用に進み
35年盤下炭の採掘を始め
39年別に第二坑を開きて
旧坑の残址を採掘し、出炭総計七百余万トン
大正15年2月廃坑す
汽力曳揚機の礎石
及明治14年煉瓦を以て築造せし油小屋等尚存す
用ゐて此碑を造り記念と為す
喞筒 ・・・ ポンプ
・概略を示せば
・江戸時代からあった大浦坑は、
・明治期に官営から三井の炭鉱となり、
・上記のような技術革新で発展し、
・大正末年に使命を終えた。
・このことを記念して碑を造った。

▼42 団琢磨の文:三池港築港について
石炭山の永久などということはありはせぬ
無くなると今この人たちが街となっている
のが、また野になってしまう築港をやれば、
そこにまた産業を興すことができる。築港
をしておけば、いくらか百年の基礎になる
▼43 中庭の樹木
・これはクスだろうか。
・かなり高い。
▼44 洋館の内部
・1階の洋室。
・和漢と洋館があったそうだ。
・炭鉱や港の来訪者向けか。
▼45 昭和天皇
・2階洋室の展示。
▼46 階段の吹き抜け
・変わった電灯だ。
・好みです。
▼47 ステンドグラス
・前述の洋館側壁の写真参照。
・シンプルな装飾。
▼48 洋室
・1階の洋室。
・ここでコーヒーをいただいた。
・結婚式も行われるようだ。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口
【 大牟田駅西口 】
▼49 大牟田駅西口
・西鉄大牟田線で大宰府へ。
・JR鹿児島本線の駅でもある。
・福岡で天神に着くのが西鉄線。
・博多に着くのがJR線。
▼50 大牟田市の地図
・大牟田市の概略がわかります。
・九州新幹線は新大牟田駅。
・大牟田の南は熊本県荒尾市。
▼51 大牟田市の近代化遺産
・世界遺産としては宮原坑。
・ぜひ訪れてみたいものです。
・半日の滞在でした。
・とても印象に残りました。
▼52 大牟田の市電
・大牟田駅西口に展示してある。
・1924年、大牟田電気軌道。
・のち西鉄の大牟田市内線。
・1954年廃線。
▼53 三池島原ライン
・この航路は興味深い。
・官営三池炭鉱の積み出し航路か。
01 大牟田まで 02 三池港
03 三井三池炭鉱 04 三川坑
05 三井港倶楽部 06 駅西口