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2025.1.12
東京 0108 紀尾井町
▼秋の紀尾井町を歩く
2022.11.08 walk
2024.01.12 up
▼秋の紀尾井町を歩く
2022.11.08 walk
2024.01.12 up
【 map 】

▼紀尾井町 map
・千代田区の掲示板を活用。
・上が四ツ谷方面
・下が半蔵門方面
▼江戸時代の紀尾井町 map
・千代田区の掲示板
・時期があまりにもタイムリー。
・ペリー来航後の国内対立の時期。
安政3年(1856年)の紀尾井町
紀伊徳川家 ・・・ 徳川中将慶福 → のち将軍
尾張徳川家 ・・・ 徳川中納言慶勝
井伊家 ・・・・・・・ 井伊掃部頭直弼 → のち大老
・井伊直弼はこの直後に大老となり
(彦根藩主:譜代大名の筆頭)
・1858 将軍継嗣問題に決着をつけ
(継嗣を徳川慶福に決める)
日米修好通商条約に調印し
返す刀で反対派を弾圧する
(58-59安政の大獄)
・そして自分も暗殺される
(60桜田門外ノ変)
・その当事者たちの藩邸が紀尾井町だ。
▼紀尾井町 map
・千代田区の掲示板
・前述の紀尾井町地図を補う。
【 清水谷公園 】
▼清水谷公園と大久保利通哀悼碑
・大久保利通が暗殺された場所。
・大久保は明治新政府の最重要リーダー。
▼清水谷公園
・心字池に紅葉が映える
・江戸時代には湧水があったらしい。
▼大久保利通哀悼碑
・大久保はこのような威厳のある碑を求めたわけではあるまい。
・暗殺された時、大久保の遺族に残されたのは多額の借金。
・殖産興業などの不足費用に充てた。
・西郷や木戸もだが、後年の指導者とは違う。
・明治初期の政府が転覆しなかったのは、大久保のリーダーシップによるところが大きい。廃藩置県と征韓論政変、秩禄処分、殖産興業など、いずれにしても大久保が方針を崩すことなく、非常な胆力をもって実行したことが大きい。生来の資質と幕末の政治的経験に加え、岩倉使節団の体験がものをいう。
・西南戦争翌年の1878年、不平士族の凶刃に倒れた日、朝にはこれまでの経緯と今後の抱負を述べ、事件に際しては懐中に西郷の手紙を持っていたというエピソードは、明治初期政治史の区切りを示すものであろう。
▼大久保利通哀悼碑
・明治11年(1878)5月14日朝、内務卿大久保利通は馬車に乗り、霞ヶ関の私邸をから赤坂仮御所へ向かう途中で紀尾井坂手前で馬車がとめられ、石川県士族島田一郎らによって斬殺された。
▼清水谷公園
・かつては伏流水だったのだろうか。
・案外に水量が多い。
▼清水谷公園
・サンシュユの赤い実。
・樹木表示によるのであっていそう。
▼清水谷公園
・クワの葉に見える。
・都心の公園に桑かしら。
▼玉川上水の石枡
・麹町三丁目で出土した。
・羽村の堰から四谷まで開渠で。
(これが玉川上水)
・四谷から先は暗渠で市中に流す。
・暗渠の本管は石の樋で(これが該当)
・その先は木製の樋で流したらしい。
・なかなかすごい都市整備だ。
【 紀尾井町周辺 】
▼紀伊藩邸跡
・永田町寄りに紀伊藩邸の跡。
(正しくは和歌山藩)
・1716年、紀伊藩主徳川吉宗は
ここから将軍として江戸城に入った。
・1858年、紀伊藩主徳川慶福は
やはり14代将軍として江戸城へ。
(名前は家茂となる)
▼弁慶橋
・紀伊藩邸跡の少し先に弁慶橋。
・堀は弁慶濠。
・擬宝珠が有名で、現在にも伝わる。
▼弁慶橋
・弁慶の橋だと、京の五条大橋を思う。
・説明だと帝国憲法発布の年に架橋。
・赤坂見附に接する要衝である。
▼弁慶濠
・弁慶濠は現在は独立した堀のようだ。
・景観を首都高が制圧してしまった。
▼紀尾井タワー
・東京ガーデンテラス紀尾井町の通称。
・旧赤坂プリンスホテルの跡地に立つ。
・右は首都高が三宅坂JCTで分かれる掲示。
・おもしろい構図になった。
▼赤坂門
・江戸城の外郭、赤坂監視のため建設。
・江戸城外堀の跡地でもある。
・大山街道(阿夫利神社参詣)の起点。
・現在ではこの門跡のみ残る。
▼赤坂門
・赤坂門の説明。
・千代田区の文化財:赤坂門跡
▼諏訪坂
・紀尾井町から永田町方面へ下る。
・右手に見にくいが諏訪坂の表示。
▼赤坂プリンスクラシックハウス
・明治〜大正前期は旧北白川邸。
・震災〜昭和戦前期は旧李太王邸。
・建物は昭和初期、チューダー様式の洋館。
・戦後は参議院議長公邸となるが、
・堤康次郎が買収
赤坂プリンスホテル(旧館)
に。
・現在は紀尾井町ガーデンテラス内の、
赤坂プリンスクラシックハウス。
・場所と沿革から富裕層向け施設である。
▼赤坂プリンスクラシックハウス
・通りからレンガを隔てて臨む。
▼街路樹のメンテナンス
・銀杏の落葉を整えている。
・千代田区は財政にゆとりがありそう。
▼文藝春秋
・かの文藝春秋本社。
・小説家の菊池寛が創業。
・月刊誌『文藝春秋』と文学書出版。
・芥川賞、直木賞の運営もするが、
・現在は『週刊文春』が猛威をふるう。
・菊池寛の時代小説はとてもよい。
・「忠直卿行状記」 ・・・ 殿様の悲劇
・「恩讐の彼方に」 ・・・ 悪人の苦悩
・これらは主題が明瞭で、読ませる。
・友人芥川龍之介と菊池寛の「俊寛」を読み比べてみるのも一興であろう。タイプの違いがわかる。
・生活の人菊池寛は、最初の普通選挙で衆議院議員に立候補したり、文芸春秋社を立てて作家と経営者を両立させるなど、いわゆる文学者の枠に入らない人であった。
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