7 こあらHP:金刀比羅宮   
20305 虎ノ門 金刀比羅宮

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【 今年のお札 】

▼今年のお札 2025.1.1
・虎ノ門の金刀比羅神社のお札。
・年末に参拝して、もらってきました。
・力強い字でご利益がありそうです、

虎ノ門 金刀比羅宮HP

 

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末社など 過去の写真 こんぴらふねふね

 

 

【 表鳥居から 】

▼メトロ虎ノ門駅 2024.12.16
・虎ノ門駅2a出口から地上に出る。
・官庁街とオフィス街の交わるエリア。

 

▼金刀比羅宮
・さっそく金刀比羅宮に着く。

 

▼表鳥居
・きわめてモダンな鳥居。
・ここが正面であろう。
・鳥居は二重になっている。
・手前の金属の鳥居はあまりに現代的。

・鳥居と金属の柱が重なるイメージ。
・鳥居が先に存在し、後でビルが覆ったのか。
・ところがさほどの違和感はない。

 

▼虎ノ門琴平タワー
・鳥居の上のビルは琴平タワー。
・琴平は金刀比羅宮のある町。
・四国、讃岐国丸亀藩の領域。
・デザインのセンスがいい。

 

▼金刀比羅宮
・巨大な金属柱の向こうに本殿。
・金属の巨大な柱がおもしろい。

 

▼金刀比羅宮 2019.12.29
・これは5年前、「日本の近代を歩く」の際。
・ビルの谷間にあって立派なたたずまい。

 

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末社など 過去の写真 こんぴらふねふね

 

 

【 本殿 】

▼正面の銅鳥居
・これは敷地の中の鳥居。
・本殿に続く鳥居は江戸末期の建設。

 

▼銅鳥居の額
・鳥居の額。
・金比羅の次の字が見えない。

 

▼四神の彫刻:青龍
・銅鳥居上部:左上
・東に青龍。

・鳥居に霊獣霊鳥の彫刻を施すのは稀。
・しかも立体的で立派な彫刻。

 


▼四神の彫刻:朱雀
・銅鳥居上部:右上
・南に朱雀。

 

▼四神の彫刻:玄武
・銅鳥居下部:左下
・北に玄武。

 

▼四神の彫刻:白虎
・銅鳥居下部:右下
・南に白虎。

 

▼金刀比羅宮
・正面から本殿を見る。

・設計者に驚かされる。
・伊東忠太。築地本願寺設計者でもある。
・日本最初の建築史家との表現。
・古来の設計技法が随所に用いられている。
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・権現造であるが、複雑になっている。
・本殿、拝殿、幣殿などが合わさる、

 

▼金刀比羅宮
・すばらしく調和が保たれている。
・丸金の意匠もすてきだ。

 

▼金刀比羅宮
・振り返ると五色の幟。
・ここでも丸金が映える。

 

▼百度石
・御百度参りで使われたとのこと。
・「百度石」とある。

 

▼百度石
・「大願成就」とある。
・「元治元甲子年十二月吉日」と記す。
・元治元年は1864年。干支は甲子。

・前年の文久3(1863)年は攘夷激化の年。
・大願成就とは攘夷達成ではないだろう。
・個人の立身や商売繁盛かもしれないが。
・まあ幕末、インフレ社会不安の時期だ。

 

▼裏鳥居
・狭い境内の裏側の鳥居。
・これが標準的な鳥居か。

 

▼本殿
・右側から本殿を眺める。
・ていねいな造りだ。

 

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末社など 過去の写真 こんぴらふねふね

 

 

【 末社など 】

▼喜代住稲荷神社
・きよすみ稲荷神社。
・「喜んで代々住める」というらしい。
・家内安全を祈願するのだろうか。

 

▼結神社
・縁結びのご利益があるという「むすび神社」。
・江戸時代に良縁祈願の信仰を集めた。

 

▼紅葉
・年末なのにまだ赤い。

 

▼金刀比羅宮境内
・奥から戻るところ。
・カエデはありがたい。

 

▼紅葉
・神社の黒を背景に映える。

 

▼西野酒造の奉納
・西野酒造「金陵」(香川県琴平町)
・「讃岐のこんぴら酒」とされる。
・なるほどと納得する。
・創業は1789年、フランス革命だ。

西野金陵HP

 

▼白鶴酒造の奉納
・白鶴酒造「白鶴」は灘の大醸造元。
・1743年の創業だという。
・灘五郷の一つ、御影郷で醸造。

白鶴酒造HP

 

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末社など 過去の写真 こんぴらふねふね

 

【 境内をあとに 】

▼本殿を振り返る
・こういう神社は他にあるのだろうか。
・モダンである。
・そして参拝者は皆きちんと拝んでいく。

 

▼琴平タワーの下
・右が社務所。ここでお札を購入。
・金属の円柱と天井がすばらしい。

 

▼表鳥居
・道路は国道1号線だ。
・いつか琴平にたどり着く。
・右から光があたり、鳥居が輝く。

 

▼手水舎
・これまた丸金の印。
・作法があるらしい。

金刀比羅宮HP: 手水舎の作法

 

▼金刀比羅宮縁起
・「虎ノ門金刀比羅宮」が正式名称。
・1660年、丸亀藩主京極家の屋敷地に創祀。

 ・豊漁満帆
 ・海陸安穏
 ・福徳守護  が御神徳。 丸金がご神紋。

・大物主神(オオモノヌシ)を祭神とする。
・保元の乱に敗れ、讃岐に流された崇徳天皇も祀る。

・「初こんぴら」とは何だろう。

 

▼金刀比羅宮
・表鳥居近くに、まだ紅葉が残る。

 

 

▼メトロ虎ノ門駅へ
・再びメトロ虎ノ門駅へ戻る。

 

▼お札(再掲)
・このお札をいただきました。

 

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末社など 過去の写真 こんぴらふねふね

 

 

【 2016年、2019年の訪問:日本の近代を歩く 】


・重複するので写真だけを残す。

・上の2枚は、2016年8月の写真。

 



・この6枚は、2019年12月19日。
・これも「日本の近代を歩く」

 


・上の2枚は、2016年8月の写真。
・お百度参りのわかりやすい説明。

 

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末社など 過去の写真 こんぴらふねふね

 

 

【 こんぴら信仰雑感 】

● こんぴらふねふね

オフィス街や官庁街の間にある神社、広い境内があるわけでもない虎ノ門の金刀比羅宮になぜ行くのか。しかも讃岐の金刀比羅宮ではなく。私も、初めて訪れたのは、2016年の正月です。

江戸前期に、讃岐丸亀藩の藩主が江戸藩邸に金毘羅大権現を勧進したのが由来です。少しして藩邸が虎ノ門に移るとともに、引っ越してきました。

「こんぴらさま」といえば、かの有名な無限に続く歌を思い出します。

 金毘羅船々追風に帆かけて
 シュラシュシュシュ
 まわれば四国は 讃州那珂の郡
 象頭山金毘羅大権現  一度まわれば

 追手 ・・・・・ おいて
 讃州 ・・・・・ さんしゅう:讃岐国
 那珂郡 ・・・ なかのごり:ごりと詰まる
 象頭山 ・・・ ぞずざん

ずっと続くのだから、ひつじが一匹、二匹、といったように眠る時に使えるかといえば、アップテンポで楽しくて眠れやしない。その点では役に立たない。

長い石段で有名な、本家の金毘羅宮にも行ったことはありません。そこで少し調べてみました。
金毘羅宮があるのは、讃岐国(香川県)琴平、丸亀は琴平に隣接する城下町です。丸亀藩主が江戸に勧請したのもムリはありません。瀬戸内海の四国寄りの航路から、きっと眺めたのでしょう。だから航路の安全を祈願する神様なのでしね。
祭神は大物主神。これは日本神話の大物で、最古の神社とも言える大和の大神神社(三輪山そのものを御神体とする)に祀られた神様です。

ところがです。歌にあるように、「象頭山 金毘羅大権現」にちょっと引っかかります。象頭山は山か、いや寺院につく山号(お寺につける称号)でしょう。それとも、本当の山? そこで国土地理院の地形図(地理院地図)で調べてみました。

 

要するに、このようなことのようです。
真言宗象頭山松尾寺に、金毘羅が鎮守神として崇められ、後に金毘羅大権現となったか。
もしくは、大物主神を祀った琴平神社が先にあって、それが仏教の金毘羅と習合して 金毘羅大権現になったかということのようです。

そもそも金毘羅はクンビーラというインドの水神で、ガンジス川と関係があり、水上交通を担ったらしい。そのため古来、船乗りから信仰されたようで、港を見下ろす丘の上に、金毘羅宮(神社)が数多く建てらたそうです。

どちらが先かはともかくとして、「こんぴら信仰」は水上(海上)交通の安全を祈願するものとして、広まったことは確かであり、「神仏習合」の代表的な例といえるでしょう。

そもそも日本の神々の世界(土着の民族[民俗]信仰を発展させた)に、世界宗教たる仏教が入ってきたときに、古代〜中世に日本列島で生きた人々は、どのように折り合いをつけたのでしょうか。

私の育った家は、東京の自営業で、紙の裁断を仕事としていましたが、神聖なる?仕事場には神棚があり、その下には仏壇が鎮座していました。別に変だとは思うことはありませんでした。

ただ宗教たるもの、原理的には二つの宗教の間で整合性を求めなければならなかったのでしょう。平安時代に神仏習合が進むと、仏教の仏を本体とする本地垂迹説として論理化され、大物主神は「象頭山に鎮座する金毘羅」が仮に神の姿として現れたもの(権現)とされました。その後、鎌倉時代には神が主であって、仏が仮の姿であるとす反本地垂迹説(神本仏迹説)も始まります。

ところで江戸虎ノ門の丸亀藩邸が、金刀比羅大権現をささやかに祀ったとして、江戸の庶民たちはご利益をもたらす存在として、祈りを捧げたのでしょう。「伊勢信仰」ほどではないにしても、全国に広まった「こんぴら信仰」を背景に、この小さな神社はけっこう栄えたらしいのです。讃岐まで行けなくても、虎ノ門に行けばいいじゃないか。

また、神々はそれぞれ神の使者として「眷属(けんぞく)」なる動物(動物のようなものも含む)をもつようです。たとえば稲荷信仰では、稲荷神の神使(すなわち眷属)が狐のようです。同じように、金毘羅権現の眷属は天狗だとされました。江戸時代には、天狗の面を背負った金毘羅道者が「こんぴら信仰」を広めたそうです。次のような図を作ってみました。

「お伊勢参り」と同じように、庶民は「金毘羅参り」をしたかったのですが、多くは讃岐まで行く費用がないので、皆で講を結成し、お金を出し合って、代表者を行かせました。これを「金毘羅講」といいます。

ところが、明治初期の神道国教化、神仏分離令により、象頭山松尾寺金光院は廃寺となり、琴平神社(すぐに金刀比羅宮)に改組され、金毘羅大権現ではなく、大物主神を主祭神としました。

そうすると神仏習合の神である「金毘羅大権現」はどうなったのでしょうか。

かくして「こんぴらふねふね」はなかなか奥が深いことがわかりました。神仏習合は、日本史上のなかなか大きなテーマだということも実感できました。

 (「日本の近代を歩く 2020」向けに書いた文を改編 )

 

 

★ところで ・・・ ここは後日整理します

 友人は水道橋のこんぴらに行ってたそうだ。
 確かに金刀比羅宮の東京分社は水道橋

・「丸金」印も実は違う字だ。
・では虎ノ門金刀比羅宮は何ぞ。

虎ノ門:三田丸亀藩邸 → 虎ノ門丸亀藩邸
     象頭山の松尾寺から金比羅権現を勧請
     神道国教化を経て現在に至る

水道橋:①板橋宿名主が邸内に勧請(深川)
     ②水道橋の旧高松藩邸に金刀比羅神社
     1964年に琴平金刀比羅宮の分社となる

・よくわからんが、微妙に系統が違う。 
・琴平の金刀比羅宮は神仏分離に際し、神仏混淆であった金毘羅大権現を神社にした。談山神社もそうだが、神仏習合に神道国教化の影響が窺われる。
     

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