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日本の近代を歩く new 01

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 2024.12.18

 日本の近代を歩く new 01

 築地本願寺、佃島、愛宕神社

▼日本の近代を歩くnew01
2021.12.29 実施
・2022.1.15 制作
・2022.11.20 昔の写真を追加
写真(含地図)138枚掲載
・2024.12.18 mentenance new!

contents

【 01 築地本願寺 】

▼築地本願寺
・9:00 築地本願寺 集合
・逆光でかように見えました。
築地本願寺HP

 

▼築地本願寺
・白黒です。
・シルエットらしくなりますね。

 

▼築地本願寺交差点
・中央区のコミュニティバス。
・「江戸バス」は今日も行く。

 

▼築地本願寺
・本堂正面から。
・石造りの立派な建物です。
・建築家伊東忠太の設計。
・1934(昭和9)年竣工。
・関東大震災後の耐火建築です。

 

▼築地本願寺
・まるで教会のよう。

 

 

▼柱の装飾
・これも立派な飾り。
・何かの植物だろうか。

 

 

▼タイル
・本堂のタイル。
・模様と色がエキゾティック。
・イスラムの装飾を思わせる。

 

 

▼動物のオブジェ
・階段を地下に降りる。
・地下といっても実質は1階。
・その各所に、動物のオブジェがある。
・これはゾウだよね。
・材質は大理石だろうか。

 

▼動物のオブジェ
・ウマとライオンか。
・何らかの意味があるのだろうか

 

▼動物のオブジェ
・ウシ。
・左のツノが欠けている。

 

▼動物のオブジェ
・ニワトリ、もしくはトリ?

 

▼動物のオブジェ
・ウシ。正面から。

・前述のウシとは異なる。

 

 

▼動物のオブジェ
・ウマとライオンを上から見る。

・階段の床も独特です。

 

 

▼動物のオブジェ
・堂々としたウシ。

 

▼ステンドグラス
・仏教風のステンドグラスというべきか。

・この建物においては違和感はない。
・すでに伊東忠太の掌中に入ったか。

 

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築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

【 02 明石町 】

▼明石町
・築地に近いエリア。
・昭和の雰囲気が残っています。

 

▼聖路加国際病院
・明治のころから有名な聖路加国際病院。
・1901年アメリカ人宣教師(医師)が設立。
・聖ルカにちなんだ病院です。
・聖路加国際大学もあります。

 

 

▼聖路加タワー
・隅田川に面した聖路加国際病院の建物。
・47階建と38階建のツインタワー。
・左が聖路加セントルークスタワー。
・右が聖路加レジデンス。
・通路は32階と28階をつなぐ。

 

▼聖路加国際病院
・この建物には惹かれた。
・デザインと採光が調和している。

 

▼明石町の教会
・明石小学校の反対側の建物。
・教会であろう。現在調査中。

 

▼明石小学校
・敷地の狭い、とても古い小学校。
・景観を維持しながら、工夫して生まれ変わる。
・細部はとても精巧に作られているようです。

 

▼築地外国人居留地跡
・1858年の日米修好通商条約
・最も重要なことは自由貿易の開始
・開港は神奈川(横浜)などである。
・あわせて江戸と大坂の開市がある。
外国人居留地で貿易を行うのだが、
・江戸の場合は、築地のあたりだった。
・それがこの場所です。
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・居留地には領事裁判権が適用され、
・外国人の犯罪は外国領事が裁く。
・これ不平等条約の具体例ですね。
・日本なのに、日本の法が適用できない。


 

▼明石町
・明治期のガス燈のレプリカらしい。

 

▼居留地中央通り
前述の説明にある外国人居留地跡。

 

▼明石町の教会
門柱のデザインが興味深かった。
・中央に十字架。

 

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築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

 

【 03 佃島 】

▼佃島map
・佃大橋で隅田川を渡り佃島へ。
・ここは祖母のルーツ。
・江戸〜明治の情緒が残る独特の町。
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・江戸初期に摂津国佃村の漁民が開いた。
・そこの保存食が「佃煮」
・住吉神社の祭りは荒々しい。
・隅田川最後の渡し船が「佃の渡し」
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・神社の向こう側が石川島。
・寛政の改革の「人足寄場」
・近代は造船業、機械工業
・石川島播磨重工業(IHI)
・今はベイエリアのタワーマンション

 

 

▼佃大橋
・隅田川手前、明石町から佃大橋。
・完成は1964年、東京オリンピックの年。

 

 

▼佃島渡船
・橋のたもとに「佃島渡船」の碑。
・碑文で、以前の景観を知っているのは貴重。
・幼児のころ、何度も渡った記憶がある。

・簡素な碑で好ましい。
・ということは佃島側にもありそう。

 

 

▼佃大橋
・橋そのものとしては平凡だ。
・などと勝手な感想。

 

▼佃大橋から佃島
ありきたりのように見えるが。
・さにあらず。
・中央に天安の看板。お店は左側の瓦屋根。
・遊歩道の階段のあたりが船着場でした。

 

 

▼佃島から石川島
・佃大橋からの景観。
・左の大きな建物群があるあたりが石川島。

・寛政の改革における人足寄場で有名。
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・大川端リバーシティ21 の高層住宅群。
・石川島播磨重工業(現IHI)の跡地。
・東京ウォーターフロント開発の最初である。
・三井不動産と住宅公団、都住宅局が関わる。
・1986〜2010の工事で、現在の景観が成立。

 

 

▼住吉神社の鳥居
・川に面して立つ住吉神社の鳥居。
・摂津国から漁民とともにやってきた。

 

 

▼佃大橋から
・一つ前の写真と似ている。
・右は石川島、正面は中央大橋。
・その右に、わずかに永代橋。

 

 

▼住吉水門
・先ほどの写真と似てはいるが。
・実は大きく異なる。
・鳥居の左側に「住吉水門」とある。
・石川島との境の水路。
・水が溢れないように開閉するのだろうか。

・右に佃煮の「丸久」

 

 

▼佃島map(再掲)
・「住吉水門」位置を確認してみよう。

 

 

▼佃大橋から
・橋の佃島寄りから隅田川上流を望む。
・中央大橋、永代橋、スカイツリー。

 

 

▼佃大橋から隅田川下流
・次の橋は勝鬨橋
・かちどき橋と読む。
・開閉式の橋だが、実際には開閉しない。
・右側は明石町。聖路加タワーはすごい。
・上部の通路は渡るには勇気が必要だ。
・左側は月島。

 

 

▼天安
・子どものころからの佃煮
・祖母が佃島の出身で、家に常備。
・縁があったのが天安でした。
・佃島だから佃煮。元は漁師町の保存食。
・佃でも佃煮屋さんは三軒だけと教わってきた。
  ・天安:てんやす
  ・佃源:つくげん 田中屋
  ・丸久:まるきゅう

 

▼天安
昔から、五十年前から、こんな感じ。
・風情があります。
・私の家は、ひたすら「こぶ」と「あみ」
・私の今の好みは「こぶ」と「あさり」

 

▼天安の包み紙
天安の包み紙は、大昔から変わらない。
・包み紙の中は、ビニール袋だけの包装。

 

▼天安の佃煮
お正月にいただきました。
・ごはんの上に直接盛りつけて。
・あさりの食感とこぶの照りがいいです。
・お世話になった元同僚の方、
 送っていただき、ありがとうございました。
・懐かしく、またおいしかったです。


 

▼江戸時代の佃島map
・実際の掲示板から作成。
・光っているのはガラスの反射。
・隅田川(大川)河口の先っぽの島。
・佃島と石川島
・橋は、永代橋、新大橋、両国橋のみ。
・あと柳橋も探してみるといいです。

 

▼隅田川に沿って
・渡し船の碑があった。
・画像はない。これは地図。

 

 


▼住吉神社
・赤い鳥居。
・構図が自慢です。

 

 


▼住吉神社
・これが住吉神社。
・摂津国の住吉大社(住吉天満宮)から分祀。
・住吉神社HP:住吉神社について
佃島の由来がわかります。

・本家の住吉大社は海の神様を祭ります。
・住吉大社HP:住吉大社の歴史

 


▼住吉神社
・本殿のようす

 


▼住吉神社で思い出す
・赤い鳥居の向こうが隅田川。
・小学校3年生か、住吉神社の大祭。
・この年、「佃の渡し」がなくなる。
・住吉神社の祭りは雌雄の獅子で戦う。
・小銭を薄紙に巻いて、敵に投げていた。
・額から血を流していたように憶えている。
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・家族で見にきて、祖母の知人の家の2階。
・たしかお千代さんっていう人の家。
・その家は、この写真では右側か?
・そこは住吉神社の参道。そこから見ていた。
・でもうろおぼえ。とても怖かった。
・今、赤い鳥居から参道を歩いた時の違和感。
・え、サイズが違う。こんな短かったんだ。

・今は妄想、子どもとしては現実。

 


▼住吉神社
・当然のことながら「住吉造」である。
・簡素で好ましい。お札を購入した。

 

▼住吉神社のお札
・自分の部屋に貼ってみた。

 


▼八角神輿
・佃の祭りは江戸を代表する神輿を担ぐ。
・それがこの八角神輿。これは何代目か。
・この神輿自体が佃島の誇り。
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・前述の年は堤防ができたらしい。
・担がれた神輿は隅田川に入っていった。
・当時の隅田川の汚さは尋常ではない。
・住吉神社HPにかような情景が見える。
・ホームのヘッダ部分です。

 


▼住吉神社
・これは意図したわけではない。
・手前のマキの木が、本殿に重なる。
・後ろは超高層住宅。対比がおもしろい。

 


▼佃小橋
・佃島が島であったことの遺構は水路。
・この水路に掛かるのが佃小橋。

 

 

▼佃島map(再々掲)
・「佃小橋」水路の位置を確認してみよう。


 


▼佃小橋から水路
・水路の正面は石川島です。
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・佃島で育った吉本隆明の原風景。
・船大工の息子なので、こんな感じか。

 

 


▼佃天台地蔵尊
・まさか? と思われる細い入口。
・家と家の間、通路ですらなさそう。

 

▼佃天台地蔵尊
・この通路の真ん中のあたり。

 


▼佃天台地蔵尊
・迷路の奥にお地蔵様。

 

▼佃天台地蔵尊
・まるで秘密基地のようだ。

 


▼佃天台地蔵尊
・反対側から出たが、こちらが表口か。
・知らなかった。

★この後は
・月島駅から有楽町線で豊洲駅乗換
・ゆりかもめ乗車
・お台場海浜公園駅下車

 

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築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

昔の写真から:佃の渡し 1964 】

▼佃島渡船の標石
・古い写真を発見。
・明石町側の標石か?

 

▼渡し船
・隅田川をわたり、佃島に向かう。
・たぶん1964年のこと。
・昭和39年、東京オリンピックの年。
・佃大橋の完成に伴い、渡しは廃止される。

 

▼佃島
・佃島に到着します。
・東京都のマークが見える。
・都営の交通機関だったことがわかる。
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・かつては隅田川に、多くの渡し船があった。
・最後に残ったのが佃の渡し。
・戦後20年近くも存続したことが驚きだ。

 

 

築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

 

【 04 レインボーブリッジ 】

▼台場とレインボーブリッジ
・お台場海浜公園駅下車
・第三台場の近くを通る。
・時間の都合で第三台場は省略。
・レインボーブリッジ(東側の歩道)
・ゆりかもめ芝浦ふ頭駅


 

▼メトロ豊洲駅
・左は、メトロが延伸した時のホーム。
・と、最も若い参加者が教えてくれた。

 

ゆりかもめ豊洲駅
・ここはゆりかもめの終点。
・車両止めが見える。
・あれ線路はないのか。

 

お台場海浜公園
・お台場海浜公園駅で下車。
・この砂浜も人工的なのか。
・正面はレインボーブリッジ。

 

▼お台場を飛ぶ鳥
・「ゆりかもめ」ではないぞ。
・かっこいいぞ。
・バトル=オブ=ブリテンの英国戦闘機。
・「スピットファイア」にそっくりだ。
・主翼が、あまりに似ている。

 

▼お台場海浜公園
・なかなかすごい。
・静かに感動する。

 

▼お台場を飛ぶ鳥たち
・今度は2羽で飛翔する鳥たち。
・ロンドン上空は防衛したぞ。

 

▼お台場とレインボーブリッジ
・左は第三台場。
・右はレインボーブリッジ。

 

▼レインボーブリッジ
・いよいよレインボーブリッジに突入。

 

▼レインボーブリッジから
・全てが人工的な世界です。

 

▼白黒版
・どちらがいいかは微妙です。

 

▼レインボーブリッジ
・これは鉄筋コンクリートの力だろうか。
・なぜ落ちないのだろう。

 

▼レインボーブリッジ全景
・お台場側から橋の全景を望む。

 

▼白黒版
・これも微妙です。
・雲の動くがある時は白黒がいいかな。
・白黒の方が、時代を超越する気もする。

 

▼台場とレインボーブリッジ(再掲)
・地図で確認しましょう。


▼レインボーブリッジ
・橋に動きがあります。

 

▼カラフルな船
・これは遊覧船だろうか。
・船の色と航跡が気に入った。
・カラフルでかわいい。

 

▼レインボーブリッジから
・船の軌跡はずいぶん伸びた。
・対岸は竹芝方面。
・追随を許さない感じがほほえましい。

 

▼レインボーブリッジ歩道
・車道と歩道はこんな感じ。
・車道は上下2段に分かれている。

 

▼レインボーブリッジ
・上方を見上げる。
・いや、スゴいなあ。

 

▼橋を渡り切った
・南側を望む。
・これは従来の東京港の雰囲気。

 

▼ゆりかもめ
ゆりかもめが通ります

 

★この後は
・芝浦ふ頭駅からゆりかもめに乗車
・ゆりかもめ新橋駅下車
・いったん解散。
・各自昼食、再集合は愛宕神社。

 

★jump
築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

 

【 05 愛宕神社 】

▼ 14:00 愛宕神社石段前 再集合

▼愛宕神社の位置
・愛宕神社は、標高26mの小高い丘につくられ、そこに登る急傾斜の石段(出世の石段)が有名です。

愛宕神社HP

 


▼愛宕神社
・愛宕神社に再集合しました。
・後方の丘が「愛宕山」です。
・都内の最高地点。
・江戸中が見渡せたそうです。
・東京放送局(NHK)もここに開局。

 

 

▼愛宕神社
・これが出世の階段。正面から。
・鳥居の赤とわずかな黄色、差し込む光。
・割と気に入っています。

 

 

▼愛宕神社
・階段前の狛犬。
・これは阿形。

 

 

▼愛宕神社
・階段前の狛犬。これは吽形。
・右の階段は女坂。けっこう急ですがね。

 

 

 

▼愛宕神社
・正面から、人がいないタイミングで。
・「トレーニング禁止」がリアルです。
・下りで転倒したら大変だ。

 

 

 

▼愛宕神社
・上部で、横上を撮影しました。
・階段の段差が大きいです。

 

 

▼曲垣平九郎
・「出世の石段」の由来は曲垣平九郎。
・馬で上り下りした故のこと。
・馬も怖かったろうに。

 

 

▼愛宕神社
・混んでいたので参拝せずに反対側へ。
・これもけっこう急でした。

 

 

▼玄白の墓所
・愛宕神社の裏手を下ると寺あり。
・猿寺栄閑院に杉田玄白の墓あり。
・江戸後期、寛政の改革の少し前。
・洋学の起源ははっきりしている。
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『ターヘルアナトミア』の驚き。
・杉田玄白、前野良沢、中川淳庵。
・本を片手に腑分けに立ちあった。
・えっ、本の図と同じじゃないか。
・興奮した彼らは、帰り道で約束。
・ねえねえ一緒に訳してみようよ。
・ああでもない。こうでもないぞ。
・1774年『解体新書』として刊行。
・日本における洋学発祥の話です。
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・後年玄白は『蘭学事始』で回想。
・一滴の油散じて満池に及ぶとや。
洋学の隆盛を振り返って記載す。

(後日、書き足す予定)

 

▼玄白の墓所
・寺の一番奥に玄白の墓があった。
・この日も花が供えられていた。

 

 

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築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

【 06 金刀比羅宮 】

▼金刀比羅宮
・虎ノ門の金刀比羅宮は、江戸庶民に親しまれた小さな神社です。丸亀藩主が江戸の藩邸に勧請したもので、本宮はもちろん讃岐国琴平にある金刀比羅宮です。

虎ノ門金刀比羅宮HP

 

▼虎ノ門へ向かう
・虎ノ門ヒルズが代表だが、再開発が進む。
・これは解体中なのか、建設中なのか。
・すごいなあ。玄白もびっくり。

 

▼国道1号線
・桜田通りを虎ノ門、霞ヶ関方面に歩く。
・国道1号線の道標はなかなか偉そうだ。
・はいはい、そうですか。という感じ。

 

▼金刀比羅宮(参考)
・以前の写真です。2016.8
・まず鳥居をチェックしてください。
・その後ろに金属の巨大な柱。

 

▼金刀比羅宮(参考) 2016.8
・これを正面近くから見るとこんな感じ。
・鳥居と金属の柱が重なるイメージ。
・鳥居が先に存在し、後でビルが覆ったのか。
・ところがさほどの違和感はない。
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・1枚目写真では、ビルは虎ノ門琴平タワー。
・琴平は金刀比羅宮のある町。
・讃岐国丸亀藩の領域です。

(後日、書き足す予定)

 

▼金刀比羅宮
・これは裏側?の鳥居。
・「金刀比羅宮」と掲げてあります。

 

▼金刀比羅宮
・これは敷地の中の鳥居。
・本殿に続く鳥居の向かって左の柱。
・亀ですね。

 

▼金刀比羅宮
・本殿に続く鳥居の向かって右の柱。
・鳥ですね。

 

▼金刀比羅宮
・ビルの谷間にあって立派なたたずまい。
・意外と好みです。

 

 

▼金刀比羅宮の由来
・まず驚くのは設計者です。
・伊東忠太。
・今朝の築地本願寺設計者ではないですか。
・日本最初の建築史家との表現。
・古来の設計技法が随所に用いられている。
・とのこと。
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・権現造であるが、複雑になっている。
・本殿、拝殿、幣殿などが合わさる、

 

 

▼金刀比羅宮社殿
・正面から望む。

 

▼百度石(参考) 2016.8
・御百度参りで使われたとのこと。
・「大願成就」とある。
・「元治元甲子年十二月吉日」と記す。
・元治元年は1864年。干支は甲子。

 

▼百度石の説明(参考) 2016.8
・お百度参りのわかりやすい説明。
・現在でも参る人はいるだろう。

 

 

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築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

 

【 07 霞ヶ関 】

★江戸城外濠の石垣
・虎ノ門の交差点を霞ヶ関側に渡る。
・メトロ虎ノ門駅への入口から入る。
・降りたところに、かような史跡が。

 

▼メトロ虎ノ門駅から
・この階段が秘密の入口です。
・エレベーターも完備。

 

▼江戸城外濠の石垣
・こんなふうに見えます。
・何があるというのでしょう。

 

▼説明図の関係部分
・すり鉢状に描かれています。
・赤点線の箇所。この石に注目。

 

 

▼江戸城外濠の石垣
・黄色で示したところ。
・Illustrator で図示しました。

 

 

▼江戸城外濠の石垣
・さらに拡大しましょう。
・オレンジ色の箇所に刻印あり。
・どこぞの大名の刻印のようです。
・石一つ一つに由来を表示した。
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・石を切り出す。
・江戸へ運ぶ。
・石を組む。
・さぞかし費用もかかったでしょう。
・近世初期(江戸初期:17C前半)
・すでに貨幣が流通していた時代。
・わが藩の貢献を示しておきたいぞ。

 

▼江戸城外濠の石垣
・その下の「おにぎり型の石」
・さらに拡大しましょう。
・ここにも刻印あり。

 

▼説明パネル
・わかりやすく合理的な説明です。

 

▼階段の途中から
・地上に戻る階段から見下ろす。
・二つの石を探してください。
・わかるよね。

 

 

★霞ヶ関の官庁街
・12/29なので休業中なのでしょう。
・閑散としていました。

 

▼財務省
・もう夕方だ。
・霞ヶ関官庁街を急ぐ。
・文部科学省から財務省への交差点。

 

▼財務省
・予算を扱う。官庁の元締め。
・律令体制から20世紀までは大蔵省。

 

▼外務省
・外交を扱う中央官庁。
・建物は古い。
・信号手前は財務省。

 

▼桜田門は近い
・外務省からさらに進む。
・合同庁舎、その先は警視庁、警察庁。
・もう桜田門は近い。
・赤白の塔は警察庁の電波塔。
・いちばんの目印ですね。

 

▼霞ヶ関跡
・そもそも「霞ヶ関」とは何ぞや。
・後で調べてみましょう。

 

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築地本願寺 明石町 佃島
昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

 

【 08 丸の内 】

→ 地図を拡大して、場所を理解する。

▼丸の内を歩く:当初の予定
 
 1 第一生命ビル GHQ
 2 帝国劇場
 3 明治生命館
 4 海上ビルディング
  → 大手町駅周辺まで行く

 B〜A 丸の内仲通り


 5 新丸ビル
 6 丸の内ビルディング(丸ビル)
 7 三菱一号館

 8 東京国際フォーラム 中に入る
 9 東京中央郵便局 中に入る
 10 東京駅駅舎

 

▼桜田門
・霞ヶ関から皇居前広場に向かう。
・入り口は「桜田門」です。
・有名なのには理由がある。
・1860年の桜田門外ノ変。
・江戸城に登城する大老の暗殺。

 

▼GHQ
・桜田門から眺めるDNタワー21。
・旧第一生命館ビル。

 

▼GHQ
・連合国軍最高司令官総司令部。
・General HeadquartersでGHQ。
・かつ総司令部。
・the Supreme Commander for the Allied Powers
・SCAPが連合国軍最高司令官。
・具体的にはマッカーサー。
・敗戦後の「日本の占領政策」を担う機構。
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・旧第一生命館ビルはそのまま残され、
・その上に新しい高層ビルが建つ。
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・複雑な感情を想起させる遺構である。

 

▼桜田門
・陽が差している江戸城内堀。

 

▼再びGHQ
・内堀を隔てて撮る。
・右手前が霞ヶ関。
・右手先が日比谷公園。
・建物の奥が銀座。
・左手先が丸の内オフィス街。
・そして左手前が皇居。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
・マッカーサーは
・東京の中枢に拠点を置いた。

 

▼桜田門
・内堀に面した石垣。
・壁紙によさそうです。

 

▼桜田門
・夕日が差してきた。
・もう丸の内を回るのは難しそう。
・実に立派ですっきりした石垣だ。

 

▼桜田門外の変
・内側から眺める桜田門。
・江戸城の玄関だものね。
・雨の日、直弼は門に入る手前で
・籠に入ったままで殺害された。
・犯人は脱藩した元水戸藩士たち。
・出勤途上の玄関で殺されたわけだ。
・この事件は幕末政治史の転機になった。
・少し整理してみよう。

・うっとおしい方は先にジャンプ

 


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★幕末の期間
1853 ペリー来航
   から
1868 王政復古(明治新政府の成立)

・幕藩体制はすでに苦境であった。
・とはいえナイフを突きつけたのは
・欧米列強の直接的な圧力。
・ペリー来航はその全ての始まり。
・P艦隊は江戸湾に直接侵入し
・開国を求めた。
・「来年また来るから考えておけ!」
・幕府は現実的に対応した。
・翌年1854年に日米和親条約で開国。

・これにより幕府の権威は動揺した。
・朝廷に報告し、大名にも相談した。
・ここに天皇と外様大名が浮上した。
・下々に示した理念は苦しくなった。
・祖法である鎖国が簡単に崩壊した。

・それでもこれしかなかったと思う。
・幕府の下に挙国一致で外圧に対す。
・列強はさらに本来の要求を強める。
・ハリスは通商を求め圧力をかけた。

・通商条約と将軍継嗣が政治課題だ。
・大老井伊直弼は課題を一挙に解決。
・将軍後継は譜代大名の要求通りに、
・すなわち紀伊藩主慶福(家茂)に、
・日米修好通商条約に無勅許で調印。
・返す刀で反対派(一橋派)を弾圧。
・安政の大獄で一橋慶喜を謹慎させ、
・その挙句桜田門外ノ変で殺された。

・かくして幕末政治史は一段落した。
・課題がリセットされたら挙国一致。
・これが公武合体(のち公議政体論)
・ここからは幕末政治史の後半です。

・よって桜田門外の変が区切りです。

★幕末政治史の区分
・1853 ペリー来航
    前半
・1860 桜田門外ノ変
    後半
・1868 王政復古(明治新政府の成立)

 

・佐藤誠三郎さんの論文によります。
・岩波古典文学体系「幕末政治論集」
・所収の解題
・「幕末における政治的対立の特質
・これで幕末の理解が変わりました。

・時間的な区切りというだけではなく
・外圧への危機感が高揚することで、
・幕府統治の根拠が崩れていくさまを
・武士の論理から内在的に説明した。

・幕末政治史の前半は
・幕府統治により強大な外敵にあたる
・将軍の下での挙国一致が基本線だ。

・これが事態の推移によって崩れる。
・だったら我々の意見も聞いてくれ。
・そこでの対立がいったんリセット。
・それが1860年の桜田門外の変の意義

・幕末政治史の後半は
・挙国一致(公武合体)から始まり、
・幕府と対立する勢力が台頭し、
・最後は政治的軍事的に勝利する。

 


 

▼桜田門
・門そのものがもつ意志を感じる。
・閉めたら絶対に通さないぞ。

 

▼桜田門
・桜田門を振り返る。
・他の門よりもがっしりしています。
・事実上の正門なのか。

 

▼丸の内
・桜田門を出たところから望む。
・少し赤らんできました。
・冬の夕暮れでしょうか。
・ビルが水面にも映っています。

 

▼丸の内
・白黒にしてみました。
・同じ写真です。

 

▼丸の内
・アップにしたら別の感じ。
・それぞれ大きさが違います。
・色合いも違う。
・手前は内堀と皇居前広場。

 

▼丸の内
・これも白黒にしてみました。
・同じ写真です。

 

▼丸の内
・参加者全員で感想を語り合いました。
・どんどん暗くなっていきます。
・まだけっこう働いています。
・この日は12月29日。

 

▼丸の内
・馬場先門から。
・右は明治生命館。
・内堀に明かりが照らされています。

 

▼丸の内
・内堀に見る明治生命館。
・丸の内を代表する歴史的建造物です。
・水面にクリアに映っています。

 

▼丸の内
・馬場先門の交差点。
・左が明治生命館。
・まっすぐ行くと三菱一号館。
・右は昨年竣工した新しいビル。
・「諸官省ずらり馬場先門」(東京節)

 

 

▼丸の内
・あらためて明治生命館。
・丸の内仲通りから馬場先門にかけて
・三菱一号館、三菱二号館、明治生命館。
 (三菱二号館は現存しない)
・背後に新しい明治安田生命ビルが建つ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
・設計者は岡田信一郎。
・コンドルとは孫弟子くらいの関係。
・柱の様式はコリント式。
・古代ギリシアの柱の三様式
 ・ドーリア式:太い、柱の溝
 ・イオニア式:細身、アカンサス
 ・コリント式:渦巻きの装飾
 ・区別の説明は難しい。
 ・ドーリア式の代表はパルテノン神殿


 

▼丸の内仲通り
・実際には写真より派手なライトアップ。
・ちょっと過剰かと思われるのだが。
・今、日本中の駅前などでブームに。
・この後、東京駅丸の内中央口で解散。
・なかなか楽しかったです。

 

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昔の写真から:佃の渡し1964
レインボーブリッジ 愛宕神社
金刀比羅宮 霞ヶ関 丸の内

 

 

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