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2023.1.23
▼飛鳥
・飛鳥文化の中心
・7C前半、推古朝
▼飛ぶ鳥の明日香の里
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▼飛鳥
・飛鳥文化の中心
・7C前半、推古朝
▼飛ぶ鳥の明日香の里
【 map 】
【 飛鳥 2011 】
▼釈迦如来像 2011
・写真で見る限り、どうも苦手であった。北魏様式のせいか表情が硬い。それに三頭身くらいの比率に圧迫される。
・ところが飛鳥寺の、本来鎮座まします場所で見るとおよそ感じが違う。あたたかい気がしました。
・飛鳥大仏とも通称されています。
#推古朝、蘇我馬子の創建になる飛鳥寺は、鎌倉時代に焼失し、江戸時代に再建された。
▼釈迦如来像 2011
左から見ると、また感じが違う。白黒に修正。

▼飛鳥板蓋宮 2011
・飛鳥の中央部に飛鳥板蓋宮の遺構がある。
・皇極天皇の宮で 645年の乙巳の変の舞台。

▼入鹿首塚 2011
・飛鳥寺の後ろに、蘇我入鹿の首塚がある。
・乙巳の変(645)の惨劇が日本の古代国家の起点となることは確かなのだが、中大兄皇子であれ、大臣入鹿であれ、7世紀の東アジア情勢においては、集権化しか方途はなかったであろう。隋唐帝国の成立は、それほどまでに大きな影響をもたらした。
・『日本書紀』に記された中大兄皇子の果敢な物語は、敵役入鹿の落命により完結する。今でも入鹿首塚に野の花が手向けられている。

▼入鹿首塚
・似たような写真だが、手前にコスモス。
・ただしピントは首塚に合っている。
▼山田寺跡 2011
・飛鳥から桜井に至る道の右側に、山田寺跡。
・この寺が著名なのは、白鳳文化を代表する「興福寺仏頭」が本来は「旧山田寺仏頭」と記されるからであり、もう一つは蘇我倉山田石川麻呂の悲劇に由来する。
・すっきりとした寺の跡は風情があって、いろいろな想像をかき立てるに十分だ。
▼雷丘 2011
・雷の交差点の上に登ると「雷丘」とあった。
・柿本人麻呂「大君は神にしませば雨雲の 雷の上に廬せるかも」(『万葉集』)
・正面は天の香具山。ということは香具山の左の方が藤原京。
【 石舞台古墳 】
▼石舞台古墳 2011
・蘇我馬子の墓とされる。
・古墳の盛土がなくなり、横穴式石室が残る。
・巨石から、大臣馬子の権勢が窺われる。
・オブジェとしても、きわだって立派である。

▼石舞台古墳
・横穴式石室があって、その上の巨石ということがわかる。
【 キトラ古墳など 】
★ここから3枚はJ亭さん撮影
▼キトラ古墳 J亭さん 2021.6
・古墳内部の公開をしていたそうです。
・私は、壁画の玄武がすごく好きです。
・うらやましいなあ。
▼猿石 J亭さん 2021.6
・飛鳥の有名な石造彫刻です。
・物思いにふける猿ですかね。
▼安倍文殊院 J亭さん 2021.6
・近年、国宝になった仏像。
・獅子に乗った渡海文殊と付き添う勢至菩薩。
・仏像は、鎌倉時代。渡海文殊像は快慶作。
・かつて国宝展で遭遇した勢至菩薩像、手を合わせています。
・とにかくすてきで、かわいい。
・でも、できれば寺の中で見たいもの。
・これもうらやましいです。
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