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2023.1.23
▼奈良:東大寺
・天平文化の中心
・8C半ば〜
・743 大仏造立之詔
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▼奈良:東大寺
・天平文化の中心
・8C半ば〜
・743 大仏造立之詔
【 map 】
・平城京の東(東大寺の南)
・いろいろな意味で日本最大の寺院
・奈良時代の鎮護国家の中心
・古代末から中世にかけて
・荘園領主
→ 東大寺HP
▼東大寺を歩く
2008 秋 もう12年前のこと。
2016 秋
2021 秋(予定)
・まだ制作中だがアップします。
【 東大寺伽藍 】
【 東大寺の概略 】
・8C 奈良時代
・平城京の外側
・律令体制下、鎮護国家の理念
・国家仏教の中心
・盧舎那仏(大仏)を本尊とする
・743 大仏造立の詔(聖武天皇)
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・平氏の焼き討ち
・重源らの勧進、復興事業
・代表的な事業が南大門の建築
・中世には東大寺は荘園領主化した。
・現在の大仏殿は江戸時代のもの。
・世界最大の木造建築物。
【 map 】
【 大仏殿 】

▼東大寺ミュージアム 2016
・大仏殿の手前にミュージアムが建てられた。
・三月堂になった日光、月光菩薩などが収蔵。
・古い御堂の方が風情があるとはいえ、
・保存のことを考えると、良いことだと思う。

▼東大寺ミュージアム 2016
・撮影はできないので入口だけ。
【 正倉院 2008 】
▼正倉院
・現在は東大寺ではなく、皇室保有の建造物。
・したがって管理するのは宮内庁。
・756年聖武天皇没。光明皇太后が、故聖武天皇遺愛の品々を東大寺に献納。
・それらを収納した倉が正倉院。
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・正倉そのものは、一般的に租税の米などを保存する建物。
・後世正倉院といえば、この東大寺正倉院を指す。
・実見して驚くのはその大きさ。
・写真で見るのとはだいぶ印象が異なる。
・これは転害門や法隆寺建築物などにも共通する。
▼正倉院宝物
・光明皇太后が納めた宝物は、献物帳(国家珍宝帳が著名)に記されている。
・なくなったものも、追納されたものもあるが、天平文化の精華を集めた貴重な文化遺産である。
▼正倉院の門 2008
・簡素でかわいい。
・この時は入ることができない。
▼正倉院の全景 2008
・入ることができないので遠くから。
▼補修作業 2008
・これが近寄れない理由。
・しかし内部が少しだけ見えたのは幸運。
・正倉院は、左から南倉、中倉、北倉。
・中倉内部に階段がある。
▼校倉造 2008
・南倉角部分の拡大。
・材木を交互に組み合わせた校倉造。
▼校倉造(白黒) 2008
・さほど変わらないが、木の感じが違う。
▼南倉の全体 2008
・高床で校倉造、倉ごとに堅牢な扉。
・けっこう大きい。
・近寄ってみたいものだ。
【 二月堂 】
▼二月堂へ 2008
・大仏殿から二月堂に登る道。
・ゆるやかな石段は風情がある。
▼二月堂へ 2008
・二月堂に登る階段の入口。
・どのくらい登るのかわからない。
▼二月堂へ 2008
・長い急な階段を登る。
・まず階段があって、後で囲ったのだろうか。
▼二月堂 2008
・二月堂の下から。
・この斜面が特徴ですね。
▼二月堂からの眺望 2008
・大仏殿の向こうに奈良市街。
・けっこう高さを感じる。
【 三月堂(法華堂) 】
▼三月堂 2008
・鹿も入場するのだろうか。
・三月堂、法華堂は優れた仏像の宝庫。
・主なものだけでも
・不空羂索観音像
・日光菩薩
・月光菩薩
・執金剛神像
・これらが割と雑多に置かれていた。
▼三月堂 2008
・三月堂は奈良時代の建造物。
・それだけでも貴重ですね。
・写真は左半分。
▼三月堂 2008
・不空羂索観音像だといいのだが。
・よくわからない。それでいい。
▼三月堂への石段 2016
・人がいなくて幸いでした。
・雨上がりだったか、しっとりしている。
▼三月堂 2016
・三月堂の正面。
・8年前よりもきれいになっていた。
▼三月堂 2016
・2008の写真と比べてください。
・日光菩薩、月光菩薩は東大寺ミュージアムへ移動しました
【 戒壇堂(戒壇院) 】
▼戒壇堂 2016
・大仏殿の西に戒壇院(戒壇堂)がある。
・2016の訪問では、最も印象に残った。
・南大門から大仏殿にかけて大混雑。
・大半は外国人観光客(アメリカ、中国等)
・ところが戒壇院は全く人の気配なし。
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・ちょっとした高台の上。
・ここには天平文化を代表する仏像がある。
▼戒壇堂 2016
・門から中を窺う。
・静かだ。
・ここには四天王像が置かれている。
(元から戒壇院に置かれたわけではない)
・もちろん仏像の写真はない。
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・東大寺戒壇堂四天王像
・広目天像
・増長天像
・持国天像
・多聞天像
・うす暗い堂内に、四天王像が四隅に配置されていた。
・一つ一つの像をゆっくり眺める。
・道具をもち、邪悪なものを踏みつけている。
・筆をもつ広目天像は何を見据えているのだろう。
・私のほか誰もいない。何という贅沢な時間だ。
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・先ほど東大寺HPを見て愕然とした。
・戒壇堂は令和2年から3年間拝観中止とのこと。
・しかしその間東大寺ミュージアムで展示する。
・ありがとうございます。
▼戒壇堂 2016
・戒壇堂は二回焼失、これは江戸時代の再建。
・気品がある。
・聖武天皇は戒律を伝えた鑑真から授戒された。
・そして公式に授戒する場として戒壇院を建立。
▼戒壇堂 2016
・戒壇堂を退出し、振り返る。
・おだやか、かつ高揚した気持ちになった。
【 勧学院 】
▼勧学院 2016
・勧学院は藤原氏の学問所。
・平安初期に有力貴族は自前の学問所を設けて、子弟に教育を施した。
▼勧学院 2016
・もちろん貴族は律令体制下で特権的な地位を保障された。
・「官位相当制」のもとで「蔭位の制」が貴族を存続させる。
・しかし貴族は高度な学習に努めたことも確かである。
・とくに藤原氏は律令体制に適合するために、熱心に学んだ。
・その教育施設が勧学院である。
▼勧学院 2016
・勧学院が東大寺にあるとは知らなかった。
・東大寺と藤原氏の関係を考えればよい。
・なかなか味のある表札ですね。
【 転害門 】
▼転害門について(かつて書いた文から)
・正倉院の西方に転害門がある。平城京の外に位置した東大寺と都城を分かつ門である。実際の建築物としては正倉院と並ぶ、数少ない奈良時代の遺構である。
・写真では均整がとれているように見えるのだが,私には調和よりも「大きさ」や「強さ」を感じさせられた。
・内側から門の中を経て西側を見たときに,門の外に平城京が想起されると言ったらいいすぎであろうか。
▼転害門 2008
・大仏殿より西方に、転害門あり。
・これは奈良時代の建築物。
・ここが平城京と東大寺の境。
・これは内側正面から。
▼転害門 2008
・まず驚くのは、大きなこと。
・正倉院もそうだが、古代の建築物は大きい。
・内側横からの門。がっしりしている。
▼転害門 2008
・これは外側正面から。
・東大寺の木々が見える。
・〆縄も立派だ。
・転害門から先が東大寺伽藍になる。
▼転害門 2008
・これは外側斜め手前から。
・シンプルな木組み。
・門は世界を分つもの。
▼転害門 2008
・わかりやすい説明ですね。
・平城京の「左京一条大路に西面して」建てられた。
・「東大寺伽藍における天平時代唯一の遺構」とあるが、三月堂(法華堂)も奈良時代の遺構であろう。また正倉院は現在東大寺の管轄ではないため除外されている。
・門の高さは10.6mとのこと。
▼転害門 2008
・内側、距離を開けて撮影。
・鹿たちはここまで進出しているのですね。
【 南大門 】
▼南大門について(かつて書いた文から)
・東大寺の、南大門から大仏殿までは,鹿と鹿せんべいと観光客でごった返す最も観光地的な場所である。しかしどんなに人が多くても,鹿と人をカッコに入れて,虚心坦懐に正面から南大門を見るとよい。
・その直立する高さに「驚く」であろう。南大門は鎌倉文化を代表する建築物である。大仏様の雄大さが窺われる。
・しかし,写真と実見とはぜんぜん違う。人混みの中から南大門に近よって見上げたら、ほんとうにびっくりした。その圧倒的な「高さ」に。
▼南大門 2008
・まず配置を考えてみよう。
・大仏殿に至る参道に位置する。
・これは鎌倉文化の建築物。
・重源の勧進による南都復興の産物。
▼南大門の鹿 2016
・とても立派な顔立ちです。
・何か考えているのでしょうか。
▼南大門 2016
・これを見ると横への広がりが特徴です。
・鎌倉文化の代表的な建築物。
・大仏様という様式。
・でもこの写真では高さを実感しにくい。
▼南大門 2016
・大華厳寺との扁額。
・ここは華厳宗の大本山。
・華厳宗は南都六宗の一つ。
・南都六宗は奈良時代に経典研究を担う仏教の宗派。
・門の後方は大仏殿。
▼南大門の内部 2016
・上を見上げると驚く。
・高く、深い。
▼金剛力士像 2016
・鎌倉文化、運慶作の金剛力士像。
・向かって右側、口を閉じた吽像。
・高さは約8mもある。
・この仏像が寄木造であることには驚く。
▼金剛力士像 2016
・鎌倉文化、運慶作の金剛力士像。
・向かって右側、口を開いた阿像。
・こちらも高さは約8mもある。
・もちろん寄木造。
・しかも短期間に制作されたらしい。
▼南大門 2016
・下から屋根を見上げるとこんな感じ。
・どうやって足場を組んだのだろう。
▼南大門 2016
・ハンサムな鹿です。
・ソフトクリームが気になるよね。
・しかも抹茶味か。
▼南大門 2016
・人が群がる。
・しかし南大門自体を見てるのだろうか。
・大仏殿への通過点。
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・私には大仏殿よりも南大門の方が心惹かれる。
・南大門は圧倒的に高い。
【 2021 奈良遠征:東大寺 】
▼あとで、各項目に組み込みます。
【 東大寺 】
▼高畑から奈良公園へ
・東大寺方面に戻ります。
・なかなか紅葉が期待できそう。
▼荒池
・奈良ホテルを過ぎたあたりに荒池。
・灌漑用の溜池であろうか。
・興福寺五重塔が逆さに映る。
▼荒池由来の碑
・奈良は有力な河川に恵まれずとある。
・地形図を見ても溜池がとても多い。
・明治期に造成された池の由来を記載。
・これはこれで興味深い。
▼クツワムシ?
・ガチャガチャガチャガチャ クツワムシ
・文部省唱歌「虫のこえ」(1910年)
▼春日大社の飛火野
・ぐるっと回って、ここにたどり着いた。
・左は春日大社。奥は春日山原始林。
▼飛火野の紅葉
・ここの部分の紅葉はすごいですね。
・壁紙にも使用しました。
▼東大寺南大門
・ついにたどり着いた南大門。
・日本で最も立派な門だ。
・鎌倉期の南都復興の建築物。
・大仏様の様式。
・何よりも高さを感じることができる。
→ 東大寺HP
▼鹿のバトル
・オス同士の戦いです。
・近くで見るとけっこう怖いです。
▼東大寺南大門
・高さを表現することは難しい。
・奥には大仏殿。
▼金剛力士像(阿形)
・運慶快慶による仏像。
・口を開いた
・およそ8mと理解する。
・これは「寄木造」
・慶派仏師たちが短期間に制作した。
▼金剛力士像(吽形)
・運慶快慶による仏像。
・口を閉じた吽形。
▼東大寺大仏殿
・3回目に立てられた大仏殿。
・江戸時代(元禄期)の建築。
・奈良時代より少し小さくなっている。
・それでも世界最大の木造建築物。
▼東大寺大仏殿八角燈籠
・これも国宝です。
・ただ設置されているものはレプリカ。
▼盧舎那仏
・今でもなかなか言えぬこと。
・大仏に興味があるなんて。
・ところがね ・・・ 。
▼盧舎那仏
・大仏の特徴は何といっても大きさですね。
・この大きさでも、かなわぬことあり。
▼盧舎那仏
・台座の一部分は創建時のもの。
・といってもわれわれにはわからん。
▼鎌倉期の大仏殿
・かなり形が異なる。
・平氏による南都焼討後の再建。
・どうやって調べたのだろう。
▼東大寺南大門
・門の構成を取り払ってみた。
・ただ木組だけ。後ろに大仏殿。
▼東大寺南大門
・これも門の構成を取り払ってみた。
・屋根と柱と樹木だけ。
▼勧学院
・平安期から続く藤原氏の教育機関。
・一族の子弟に教育を施す。
・律令体制の運営には漢文や儒教の素養が必要。
・東大寺ミュージアムの隣に配置されています。
▼東大寺ミュージアム
・南大門と大仏殿の中間にある。
・東大寺総合文化センターのミュージアム
・三月堂にあった日光、月光菩薩像を保存。
・今回は戒壇堂の四天王像を特別展示。
・これは運がよかった。
▼大仏殿(白黒)
・空の割合を多くしてみた。
・けっこう迫力がありますね。