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2023.1.27
▼アウクスブルクのフッガー家
・独立したページにします。
・1987.8 に撮影しました。
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▼アウクスブルクのフッガー家
・独立したページにします。
・1987.8 に撮影しました。
【 Augsburg HBF 】
▼アウクスブルク駅 1987.8
・HBF はHauptbahnhof の略。
・haupt は中央。bahnhof は駅。
・いわばアウクスブルク中央駅。

・ところが写真を拡大してみると、駅名の下に、赤地に白抜きで FUGGERSTADT と記載してある。stadt は都市。というか都市国家のようなニュアンスか。Fugger はこの地の大商人。
・アウクスブルクは、南ドイツ、バイエルン州の都市。
・ミュンヘンに近い。burgは都市。英語ではバーグ、仏語ではブール。
・都市名は、紀元15年にローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスによって開かれたことに由来する。独語のブルクburgは都市。英語ではバーグ、仏語ではブール。アウグストゥスの都市。
・ドイツで最も古い都市の一つ。帝国都市、自由都市で、神聖ローマ皇帝直轄のため、諸侯から独立している。
【 Fugger Bank 】
▼Fugger Bank 1987
・アウクスブルクの旧市街を歩いていたら、こんな看板。それは興奮しました。中に入って両替くらいしたかもしれないが、記憶の外。
・「銀をください」っていったらすてきだったのに。
・中世後期、南ドイツの銀は大きな力をもった。銀で財力を蓄えたのが「アウクスブルクのフッガー家」
・世界史でこの表現を覚えている人もいるだろう。金融業も営み、神聖ローマ皇帝の選挙にもかかわった。
・最も代表的な人物は、ヤーコブ=フッガー
・ユリの紋章は神聖ローマ皇帝から賜った。
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・しかし大航海時代の推移に伴い、南アメリカの銀がヨーロッパに大量に流入して銀の価格が下落した。それは16Cのこと。これを価格革命という。当然のことながら南ドイツの銀は衰退し、フッガー家も没落した。
・しかしながら、フッガーバンクは営業しているではないか!

▼アウクスブルク旧市街 1987
・白黒にしたら、まるで1920年代みたい。
・中央の市電はトラム。手前の自動車はフォルクスワーゲン。
【 Fugger Keller 】

▼Fugger 1987
・茶色の大きな建物は、フッガー家由来。
・よく見るとフッガー家の紋章があり、奥の部分の白い文字は FUGGER KELLERとある。次の写真を参照。さらに奥の白い文字が FUGGER BANK か。

▼Fugger Keller 1987
・近づいた写真。窓の下にレストランの掲示がある。
・右側のガラスの展示ケースにはドイツワイン。
・ケラーはワインを飲ませるところ。
・左の銀の展示物にもびっくりした。
▼ Martin Luther
・古い写真の小さな部分を強引に拡大し、極端な補正をかけた。
・調べないとわからないが、その力はない。しかし 1518 の年代が見える。
・IM OKTOBER 1518 「1518年10月に」
・ルターの宗教改革
1517 95箇条の論題:宗教改革始まる
1518 上記の記載
その後、宗教戦争がおこる
・ドイツ農民戦争
・シュマルカルデン戦争
1555 アウクスブルクの和議
ルター派の信仰が都市、諸侯ごとに公認
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