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851 J亭さん

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 2024.3.10

 851 J亭さん

J亭さんのページ
・old friend です。
・近年、奈良にも在住しました。

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【 09 奈良再訪 】 2024.2

★ J亭さんは久しぶりに奈良を訪問。

▼桃山御陵と伏見城 map
・桃山御陵の位置を知るために作図。
・ついでにこのあたりの鉄道を理解。
・以前に丹波橋乗換で苦労しました。

・作図したら、位置関係がわかった。
・これは私の作図。写真はJ亭さん。

 

▼桃山御陵
・京都から奈良に向かう途中。
・伏見の桃山御陵に寄ったそうです。
・明治天皇の墳墓だから大正期。

 

▼桃山御陵
・これは長く、幅広い230段。
・明治天皇は東京で大喪儀を行い。
・京都南方の伏見に葬られた。
宮内庁HP:天皇陵(明治天皇)

 

▼桃山御陵
・けっこう高度感がある。
・伏見城(伏見桃山城)に隣接する?
・宇治川は見えないかしら。

 

 

▼犬養万葉記念館
・飛鳥。万葉学者犬養氏の記念館。
・ここも訪問したらしい。
・万葉集の講演を聞いたとのこと。

 

▼犬養万葉記念館
・蔵づくりのたたずまい。
・何の木でしょう。
・雨だったのですね。

 

▼唐古・鍵遺跡
・弥生の遺跡。シュールな建物。
・大和の環濠集落で有名。
・私も行ったことがあります。

・今は整備された施設みたい。
唐古・鍵遺跡史跡公園HP

 

▼平城宮跡
・かつて案内してもらった平城宮跡。
・大極門。奥には第一次大極殿。
・なつかしいです。

 

▼平城宮跡
・第一次大極殿の説明板。

 

 

▼春日大社
・とてもおもしろい構図です。

 

▼若草山
・冬の若草山の雰囲気がよい。
・雲のようすがすばらしい。

 

▼談山神社
・多武峰の談山神社。
・元は寺。神仏習合の代表例。
・ずいぶんな山奥にあります。
・十三重の塔はとても立派です。

 

 

▼談山神社?
・これは早咲きの桜でしょうか。

 

 

 

 

【 01 奈良さまざま 】

▼猿沢池と興福寺五重塔
《J亭さん》
きのう10/10の夕方の猿沢池と五重塔です。なんか、いつもと違う雰囲気の写真がとれました。 来年からの150年ぶりの改修工事を前に、五重塔内部が開帳されています。これは必見です。

・そこで白黒版も制作 白黒版リンク カラー版

 

▼平城宮復元工事 2020.6
・これは昨年度2019の写真。
・写真はJ亭さん(奈良市:社会人学生)old friend です。
・奈良の三条通りから見た工事のようす。
・道路と工事現場の向こうに平城宮が見えます。

 

▼平城宮 2020.6
・平城宮朱雀門
・これも昨年度の写真。新たにアップ。
・なかなか立派ですね。

 

▼平城宮復元工事 2021.6.9
・こんなふうにして工事をするのか。
・平城宮の南大門、通称「南門」。

・大極殿から、けっこう距離があります。
・さすがに平城宮は広いなあ。

 

▼平城宮跡の散歩道 2021.6.9
・奈良市内とは思えないほどのどかな感じ

 

▼ツバメの乱舞と平城宮 2021.9
 この時期、夕方、平城宮跡に数万羽のツバメが「ねぐら入り」をします。その数6万羽とも。おととい見に行ってきました。6:10頃に着くと夕空一面にツバメが。しばらく猛然と飛び回っていましたが、20分ほどするとスーッとヨシ原の中に消えました。なぜこれほどのツバメが集まるのか、理由は分からないそうです。

 

▼ツバメの乱舞(続) 2021.9

 


▼メンテナンス 2021.9
・構図がおもしろいですね。
・平城宮の南大門、通称「南門」。

 

 

▼タイトアップされた平城宮 2021.9
なかなか荘厳です。

 


▼奈良公園のカメ
カメは急いでました、とのこと。

 


▼春日大社のシカ
・本殿のそばで。
・目が合ったそうです。

 


▼奈良公園のシカ
・赤ちゃんシカがたくさん。

 


▼奈良公園のオオセンチコガネ
・体調20ミリほど。奈良公園にいるものは特に美しくまるでジュエリーのようです。ルリセンチコガネのニックネームで呼ばれます。おもにシカのフンを食べ分解します。
・奈良公園には40種程のフン虫が一年中いて、フン虫の聖地とされているそうです。 フン虫により分解されたフンは肥料となり、芝や草が育ちます。そしてそれをシカが食べます。
・奈良公園ではフンを掃除しなくていいですし、芝刈りも草取りも不要です。

(参考:いどき えり『フン虫に夢中』)

 

 


▼奈良国立博物館 2021.6
・本館は、片山東熊の設計になる。

▼ちなみに
・ジョサイア・コンドルの弟子たち
  ・辰野金吾(日銀本館、東京駅)
  ・片山東熊
  
(東博表慶館、奈良博本館、京都博本館)
  ・曾禰辰蔵(三菱一号館などの共同設計)
  ・みな唐津藩士の子弟、工部大学校1期生

 


▼聖徳太子と法隆寺展 展示リンク
・特別展を参観したそうです。
・法隆寺に行っても見ることができないものを見ることができたとのこと。
・東京国立博物館では 7/13日火~9/5日に開催。
東博の展示リンク

 

▼鷗外の門
・森鷗外は陸軍を退職した後、1918年から帝室博物館総長を務めた。
・帝室博物館は東京、奈良、京都の三館。
・この門の向こう側にかつて官舎があり、正倉院宝物の仕事の合間に、奈良の寺や旧跡を歩いたらしい。

 

▼鷗外の門(石碑)
・森鷗外『奈良五十首』から。
「猿の来し官舎の裏の大杉は折れて迹なし常なき世なり」

 


▼猿沢池の鹿
・人が少ないせいか、鹿も暇そうである。

 

 

 

【 02 白毫寺 】


▼白毫寺への石段
・新薬師寺の南方にある白毫寺は、志貴皇子に由来する奈良時代の寺。
・ツバキやハギの寺としても知られる。
・志貴皇子についてはまたどこかで。

 


▼白毫寺
・静かな寺のようですね。

 

▼高畑の喫茶店
・古い家を改造したのだろうか。
・「ろくさろん」というお店。

 


▼店内のようす
・まるでゴッホの絵にあるようだ、とはJ亭さんの評。
・行ってみたいものだ。

 

 

 

 

【 03 飛鳥:キトラ古墳 】

▼キトラ古墳 2021.6
J亭さん(奈良市:社会人学生)の写真。
・古墳内部の公開をしていたそうです。
・私は、壁画の玄武がすごく好きです。

 

キトラ古墳の位置 2021.6
・左の写真はJ亭さん
・飛鳥の西寄り。
・天武・持統陵(野口王墓)から南に重要な古墳が連なる。
・これは天武・持統系の聖なるライン。

キトラ古墳:飛鳥歴史公園HP


▼四神の館 2021.7
・飛鳥のキトラ古墳壁画体験館。

四神の館:飛鳥歴史公園HP


▼四神の館 2021.7 
・飛鳥のキトラ古墳壁画体験館。



▼文武陵 2021.7
・古墳はおおむねこんな感じ。
・宮内庁が天皇陵としている古墳は、このような鳥居を設置しているようだ。
・ところがこんもりした林のようになっているのは、本来の古墳とは別の姿である。その理由は別の機会に示します。
・天武死後、皇后は大津皇子の変、皇太子草壁皇子の死を経て、自ら即位します。これが持統天皇。草壁遺児の軽皇子が成人するまで、自分が天皇たらんとしたわけですが、中継ぎの天皇という以上の業績を残しました。それは律令体制への移行です。

《 持統から文武 》
・686 天武没 大津皇子の変
 ・草壁皇子没
 ・持統称制(後に即位)
 ・飛鳥浄御原令施行
・690 庚寅年籍
・694 藤原京
・697 持統譲位 → 文武即位
701 大宝律令
・702 久しぶりの遣唐使
・703 持統没

 

 

【 04 飛鳥:稲淵 】

▼飛鳥の奥、稲淵の位置  2021.7
J亭さん稲淵を歩きました。
・文武陵から東へ向かったのでしょう。

 

▼飛鳥の奥、稲淵  2021.7
飛鳥川を遡ると、稲淵のあたり。
・傾斜があるので棚田が広がる。
・日本棚田百選にも選ばれている。

稲淵の棚田:奈良県HP

 

▼稲淵 2021.7
のどかですね。


▼男綱 2021.7
・飛鳥川の上にぶら下がるのは男綱。
・女綱はさらに上流の栢森だそうです。


▼その先
・飛鳥側上流の道をたどると、芋が峠を越えて吉野(宮滝)に行きます。
・かつて私は、中古車でたどったことがありました。
・672年近江大津宮を離れた大海人皇子は、飛鳥に逃れ、さらに山を越えて吉野に逃れました。冷たい雨の中、芋が峠を越えるようすは、その後の展開を考えると、『日本書紀』(天武紀・上)のドラマチックな情景です。
・この話は後日ページをつくります。

 

 

 

 

【 05 紫香楽宮 】

《 対外情勢の緊迫 》
645 乙巳の変
   皇極 → 孝徳制
・646 難波宮(孝徳朝)
  ・改新の詔 → 集権化への志向
・660 百済滅亡
・661 斉明 → 天智称制
663 白村江の戦い
  ・唐、新羅に大敗
・667 近江大津宮
・668 天智即位
   高句麗滅亡
・670 庚午年藉
672 壬申の乱

▼近江大津宮 2011
・近江神宮は近江大津宮跡に鎮座する神社。
近江神宮HP

 

 

《 聖武彷徨 》
740 藤原広嗣の乱
 ・大宰府における反乱
 ・動揺した聖武天皇は平城京を離れる
・740 恭仁京
・741 難波宮
・743 紫香楽宮
   ・大仏造立の詔
   ・墾田永年私財法
・743 平城京に戻る

▼恭仁京跡 2021
・840年の藤原広嗣の乱に動揺した聖武天皇は、平城京の北方、橘諸兄ゆかりの恭仁に遷都した。
・といっても建設しかけて、さらに移動した。


・聖武天皇の動揺は続き、畿内を離れ、近江国(現在で言えば湖東の盆地)紫香楽に、宮をつくって移動した。

▼JR草津線〜信楽高原鉄道 2021
J亭さんの写真。
・紫香楽宮跡へは大津からJR草津線にのり、貴生川(きぶかわ)で信楽高原鉄道に乗り換える。

 

▼紫香楽宮跡 2021
・聖武天皇は紫香楽宮で大仏を造るといった。仏の力で災厄を鎮める。
・鎮護国家の理念だ。
高速道路建設は現代の大仏造立だ。

 

▼紫香楽宮跡 2021
・田んぼの道。

 


▼紫香楽宮残影
 2021
・林の中に紫香楽宮趾の石碑が立つ。

 

▼紫香楽の田んぼ 2021
・湖東は中世以来、米作の先進地域。
・コロナ状況下でも豊かに稲が実る。

 

 

【 07 和歌山城と紀三井寺 】


▼和歌山城 2021
・徳川御三家の二番目、55万石の大藩の居城。
・かなり大規模な近世城郭です。
・吉宗は十年にわたり藩主を務めた後で、徳川宗家を継承しました。

 


▼和歌山城 2021
・4月に、奈良から和歌山まで行ったとのこと。
・紀の川沿いに下っていったのでしょうか。
・戦後再建された和歌山城はなかなか立派です。

 


紀三井寺 2021
・和歌山市の名刹、紀三井寺。 奈良時代末期に唐僧により開かれた寺で、西国三十三所観音霊場巡礼の第二番。
・もとは真言宗の一派であったが、現在は独立して救世観音宗の総本山である。
・写真は朱塗の楼門。
・本尊の十一面観世音菩薩像は50年に一度の御開帳、昨年実施できなかったので、今年《よみがえり御開帳》として見ることができたようだ。
・J亭さんは、とても運のいい人である。

 


▼紀三井寺
・『大鏡』に記された花山天皇退位の経緯は有名であるが、その後、紀三井寺をおとづれた上皇の歌はなかなかよい。
「ふるさとを はるばるこゝに きみいでら はなのみやこも ちかくなるらん」
〈はるばるこゝに きみいでら〉の語感が印象的です。
・関連リンク(紀三井寺HP:紀三井寺の歴史)
・楼門を過ぎて231段の結縁坂を登るらしい。



▼和歌の浦 2021
・紀三井寺から和歌の浦を望む。
・のどかな景観である。

 

 

 

【 07 東京:南池袋公園 】 8/22 up

▼東京:南池袋公園
・猛暑の夏 2023.8.21 午後
・池袋にも、多くの公園があります。

豊島区:南池袋公園ガイド

 

▼東京:南池袋公園
・空が青い。
建物には豊島区役所が入っている。

 

▼東京:南池袋公園
・広い芝生が、彼のお気に入り。
「 なにもない、がいいんです。トイレ、ゴミ箱はしっかりしたものがあるし、いつも数人の人たちが掃除と植物の世話をしています。手頃なカフェでは食事もビールも楽しめます。2階では若い人たちが本を読んだり勉強したりしています。暑すぎたり雨だったりでなければ、小さな子どもを連れた若い母親や家族たちが芝生の上でのんびりしています。」

 

▼東京:南池袋公園
「先ほど、10分くらいか大粒の雨が落ちました。芝や木々は少し息をついたようなところかもしれません。」

【 最近:矢切りの渡し 】 10/13 up


▼矢切の渡し 2023.10.12 10/13 up
・おともだちと江戸川を渡ったようです。
・野菊の墓〜矢切の渡し〜柴又帝釈天。
・写真はすれ違いの渡し。のどかです

 

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