7 こあらHP:314 三浦半島:観音崎灯台   
浦賀〜観音埼灯台 2021

info

 2024.11.29

▼浦賀から観音埼灯台へ
 2021.7.31 walk
 2021.8.1 up

▼2024年11月に友人たちと再訪
 これは別ページ

▼観音崎と観音埼灯台
・灯台の名称としては「
・現在の通称としては「

contents

【 観音埼と野島埼の位置 】

▼東京湾(江戸湾)周辺 
・幕末〜明治前期の時期として、地図から考えてみよう。
・政治と経済の中心が東京(江戸)で、開港地が横浜である以上、東京湾(江戸湾)の重要性は明らかである。
・欧米列強にとっても、東京湾から横浜に安全に入港するためには、近代灯台の設置が必要になる。
・本来、航海の安全のために灯台が設置されるわけだが、その背景には、政治、外交、経済、軍事などの要素が入り組んでいる。

 

 

【 浦賀湾 】


▼浦賀湾
・浦賀は深い入江。
・写真、左側が湾の奥になる。
・江戸幕府は浦賀奉行を配置した。

 

▼浦賀湾 
・浦賀の外を望む。
・遠くに房総半島の山々が見える。

 

【 観音埼灯台 】

▼観音埼の砲台跡 
・観音埼灯台へ向かう途中。
・海防を強化するとは砲台を築くこと。
・時間を感じさせる。

 

▼観音埼灯台の直下 
・この道を抜けて灯台に向かう。
・地層がよくわかる。
・ひと一人しか通れない。

 

▼観音埼灯台
・対岸の富津岬はとても近い。
・左は木更津方面、工業地帯が見えます。
・これはiPhoneで撮影。
・この日は7/31土。8/2月から、神奈川県も緊急事態宣言となり、見学できなくなります。2023年現在は大丈夫です。
燈光会HP:観音埼灯台


 

 

▼観音埼からの眺望 
・対岸の富津岬はとても近い。
・左は木更津方面、工業地帯が見えます。

 

 

▼灯台の説明 
・わかりやすい説明です。
・日本最初の洋式灯台。

 

 

 

▼外洋に向かうコンテナ船
・いろいろなコンテナを積んでいます。

 

 

▼外洋に向かうコンテナ船
・白黒にしたら、別な味わいがでます。

 

 

▼観音埼灯台 
・登ったら、けっこう高度感がありました。

 

▼外洋に向かうコンテナ船 
・雲のスペースを大きくした写真です。
・お気に入り。

 

 

【 浦賀駅ホーム 】

▼浦賀駅ホーム
・京浜急行浦賀線
・浦賀駅のホーム。品川行の普通電車。
・1000系とでもいうのでしょうか。
・京浜急行の標準的な色です。
・iPhoneで撮影。

 

 

▼浦賀駅ホーム 
・けっこう長いホームです。
・浦賀は京急本線の終点です。
・ただし普通は浦賀行ですが、京急久里浜行や三崎口行の急行・特急は手前の堀ノ内で分かれます。
・駅名表示板の終点の掲示が好みです。
・はしっこはホッとしますね。

 

 

【 洋式灯台の歴史 】

▼洋式灯台の設置
1853 ペリー来航(浦賀)
・1854 日米和親条約
・1855 ハリス来日
・1858 日米修好通商条約
・1859 貿易開始 → 輸出超過
・1866 改税約書 → 洋式灯台8カ所を約す
1868 王政復古(明治新政府の成立)
・1869 観音埼灯台(三浦半島)最初の灯台
・1870 野島埼灯台(房総半島)2番目の灯台

 

 

【 おまけ:野島埼灯台 】


▼海ほたる 2015.1
・東京湾上、アクアライン中継点の海ほたる。
・横浜方面の眺望。後方は丹沢、左端は大山。
・1853年アメリカ艦隊が来航し、開国を迫る。
・近代史の起点。翌年、日米和親条約。
・ペリーが見た江戸湾の風景も、このようなものだったろうか。

▼野島埼灯台 2015.1
・灯台の手前から撮影。

 

 

▼野島埼灯台から太平洋 2015.1
・彼方にはアメリカ。見えませんでした。
・沖を行く船が見える。もう夕方が近い。

 

 

toc

サイトマップ ホーム 日本の景観 東京の景観 奈良 日本の山 身近な自然 世界の景観 モノ 他の人たち 日本の前近代 日本の近現代 世界史 雑感 自作の地図 何かと便利なリンク

table of contents 丸アイコンから jump


© 2023- sekai koala kyoukai. all rights reserved.

サイトマップ home 01 日本の景観 02 東京の景観 03 奈良 04 日本の山 05 身近な自然 06 世界の景観 07 モノ 08 他の人たち 09 前近代史 10 近現代史 11 世界史 12 雑感 13 自作の地図 14 リンク集